「富」なき時代の資本主義 マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著) 書評|沖 公祐( 現代書館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月23日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

「富」なき時代の資本主義 マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著) 書評
「富」の不在の現れ方
『資本論』を超えて『資本論』を読む

「富」なき時代の資本主義 マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著)
著 者:沖 公祐
出版社: 現代書館
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〝変わったタイトルの本〟というのが第一印象だった。資本主義は、富の分配には問題を抱えるものの、富を次から次へと生み出すシステムであることは、あまり疑われることがない。それが「「富」なき時代」と形容されるのはどういうことなのか。本書を読み進めていくと、資本主義と富の関係は、そこまで単純でないことに少しずつ気づかされていく。

本書によれば、「『資本論』は「富」に対する透徹した眼差しに貫かれた書物である」(二三頁)。富と言えば、経済学の古典としてはむしろ、アダム・スミスの『国富論』が思い浮かぶ。そこで本書は、両書を対比し、富の概念の輪郭を切り出していく。

スミスの富は、日々消費されていく日用品に代表される。そして、余分なものが出ない社会を、スミスは理想状態として描いた。これは、貨幣をはじめとする貯えを富とみた、当時の重商主義に対するアンチテーゼとなっている。それに対してマルクスはそれを再転換し、富をもう一度ストックとして捉え直す。ただしそのとき着目されるのは、貨幣ではなく、それで買えるたくさんの品々、すなわち「巨大な商品の集まり」である。

より決定的なのは、富に関するスミスとマルクスの問い方の違いである。スミスは、「富とは何か」と問うたのに対し、マルクスは「富はどう現れるか」と考えた(四五頁)。マルクスにとって富は、人類社会のあり方によって異なった現れ方をする。富は商品「である」のではなく、「として現れる」のである。

この分析は、本書に独特な奥行きを与えている。富が商品として現れる資本主義において、「「富」なき時代」はどういう時代を画するのか。これを描き出すべく、本書は『資本論』を超えた考察に踏み込んでいく。現代世界は『資本論』の世界と同一ではない。その位相差を、貨幣・労働・資本蓄積の三つのテーマに即して読み解いていく。

結論的に、「現代の先進国は、資本・賃労働関係を通じてものを生産・分配・消費するということを中心とした社会ではもはやなくなっている」(一八九頁頁)という世界認識が示される。富のあり方をとっても、「今日では、「巨大な商品の集まり」は、その大半が金融商品によって占められており、もはや、社会の富の現れとは言い難い」(一九七頁)とされる。こうして、現代資本主義の根本的な問題は、富の分配ではなく、資本が富を生み出せないところに求められる。「「富」なき時代」と称される所以である。

他方でこの富の不在は、資本主義に代わる未来社会を、無言のうちに語り出す。本書は、それをマルクスの『経済学批判要綱』の言葉遣いで以って、「「人間の創造的諸素質」の絶対的表出」として切り取っている(一九八頁)。おカネで測ることのできない、種々の創造力が自由に発揮され、それを富の新たな現れとして捉えられる世界。こうしたオルタナティブ社会が、「「富」なき時代」に見通されているわけである。

最後に富概念をめぐって二点、あり得べき論点を挙げておきたい。第一に、金融商品の理解についてである。確かに二〇〇八年の恐慌は、債務に依存した金融膨張とその破綻が、人々の生活に対し破壊的に作用することを示した。しかしあの歴史的危機を経てもなお、金融資産の大きさを富豪の証として捉える私たちの認識は、揺らいでいないように思われる。それはなぜなのか、商品や資本といった基本概念にまで立ち戻って考えてみる必要がある。

第二に、現代社会における、商品でない富の存在についてである。沈黙は時に多くを語るが、その意味は必ずしも明確でない。とすれば、今の社会において、市場の外側に残されている豊かさに、目を配ってみてもよいのではないか。あらゆるものが商品化の圧力に晒される今日であるが、文字通り全てがおカネで買える世界になったわけでもない。「「富」なき時代」を嘆く前に、市場の外部の富について思いを巡らせてみてもよいように思われる。

『資本論』は、富の格差を描写した古典としてしばしばもてはやされる。格差が重大な問題であることは論を俟たないが、本書はそうした安易な『資本論』の使い方に待ったをかける。『資本論』の世界を超え出て、富や豊かさについて、『資本論』とともに沈思すべきことを促す一冊である。
この記事の中でご紹介した本
「富」なき時代の資本主義 マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著)/ 現代書館
「富」なき時代の資本主義 マルクス『資本論』を読み直す (いま読む!名著)
著 者:沖 公祐
出版社: 現代書館
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