【野田市10歳女児虐待死事件に寄せて】 「犯人探しの迷宮」を越えて琴寄 政人|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月24日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

【野田市10歳女児虐待死事件に寄せて】
「犯人探しの迷宮」を越えて琴寄 政人

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千葉県野田市の小学4年生・栗原心愛(みあ)さん(10)が度重なる虐待を受け死亡したという事件が1月下旬に報道されて、世の中に大きな衝撃を与えた。その後も事件の続報は連日流れるが、容疑者である父親、あるいは学校や行政の対応の不手際に焦点が集中、犯人探しの様相を呈し、学校社会/子どもをとらえ返す本質的な議論が欠けている。このたび、長年、小・中学校で教員を勤め、現在は千葉県で実戦教師塾を主宰し、昨年『子ども/明日への扉』(文化科学高等研究院出版局)を刊行した琴寄政人氏に、心愛さんの事件をきっかけに、私たちが児童虐待の問題にどのように向き合うべきか寄稿してもらった。 (編集部)
◇正視できない出来事と「向き合う」◇


千葉県民なら知っていることがある。ひとつは、野田市教委・指導課の「(事件は)子どもの心のケアの面で、忘れていかないといけないことでもある」(2月26日朝日新聞・千葉版)という発言。驚きの発言だが、この事件の一番近く、心愛ちゃんのクラスの子どもたちを気遣ったとも考えられる。

しかし、この事件で子どもたちが体調不良を訴える一方、親とともに現場に訪れ、花を手向け祈る子どもたちの姿も、私たちは見ている。心愛ちゃんの机は、よもや撤去されているなどということはないだろう。そこに花が供えられていることを、私たちは信じていいはずだ。事件の現場はいま、「忘れよう」としても、向き合わざるを得ない困難として、残り続けている。

もうひとつ。2月に入ってから間もなくだと思う。現場アパートの献花が撤去され、そこに立入禁止の看板が設置されたことが、同じく千葉版で報道された。「オーナーの意向」だという。アパートの住民は、心愛ちゃんの追悼に訪れる人たちが、花とともに持ってくる「あなたたちは何をしていたのですか」というメッセージに耐えられず、おそらくは、オーナーに「立入禁止」を直訴した。

ふたつの出来事に見えることは、この事件の残酷さと、現場にいた(いる)ものに対するむごさだ。困難な「正視できない出来事とどう向き合うか」という問いは、子どもたちにも降りかかっている。

「自分たちのミスを差し置いて、何が『忘れていかないといけない』だ」という批判を覚悟の上で、市教委は言ったのかもしれない。しかし市教委は、もうひとつの「向き合う覚悟」をも言うべきだった。
◇ 「モンスターペアレント」問題をめぐって◇


いまも繰り返し、「どうしてアンケートを渡したのだ」という疑問/怒りがニュース上で流れる。しかし、現場の視点からすれば、父親と学校の間でアンケートが話題になったこと自体がおかしい。それを見たいという気持ちが父親にどうして発生したのか、それがそもそも疑問だ。つまりこれは、父親から「虐待と言うなら、その証拠を示せ」と言われた学校が、思わず漏らした「証拠」だと考える以外にない。

児相(児童相談所)が心愛ちゃんを保護するのは、実はこのアンケート調査の翌日である。余り指摘されないことだが、信じられない迅速さである。つまり、虐待の事実は記録し蓄積されていた。たった一通のアンケートで保護はされない。学校の犯した過失は甚大だ。

この「父親(保護者)からの攻撃」がきっかけで、学校現場から「モンスターペアレント」問題が、再浮上している。「自分は保護者から殴られた」「家庭訪問して怒鳴られた」など。確認するが、今回の保護者は、子どもへの憎悪を動機として学校に抗議している。しかし「モンスターペアレント」問題とは、保護者と子どもが一緒に学校に抗議する形をとる。識別しないといけない。そして、ほとんどの「モンスターペアレント」問題は、子どもの担任への不信がベースとなっている。「異常な親」という取り上げは、問題の丸投げなのだ。

この事件をきっかけに、「スクールロイヤー」の設置/増加の声が強く上がっている。強引/非合理な保護者から学校を守るために、という声である。私が勤務し暮らしている千葉県柏市でも、すでに学校対応の弁護士が配属されている。たとえば「うちの子を運動会で一等にしろ」なる親を一体どうしたらいいか、法的可能性を示すのは必要と言える。しかし、今の流れは危険だ。なぜなら、
○法律はいざという時に子どもを「守る」。しかし「見守る」ことは出来ない。
○法律を盾にすることで、学校は保護者/子どもと隔たってはいけない
ことが、置き去りにされそうな勢いを持っているからだ。

私たちに出来ることはいつも同じだ。何かあったら、そこに行って「どうしたの?」と聞き、「大丈夫?」と尋ねることである。そこで出来ることを考えることだ。子どもたちの場所に、それが必要だ。児相の職員はひとり100件の事案を抱え、学校の教員は35人(だけではない)子どもを抱える。しかし、どんなにじれったくとも、これ以外の方法を私たちは持ち合わせていない。この手順を絶対手放してはいけない。児相ではこれを「支援」と言い、学校ではこれを「児童/生徒理解」と呼んでいるはずだ。それをせずに、警察だ弁護士(裁判)だ、そして医者(専門家)だという「特効薬」がいま、堰を切っている。不寛容の道を、社会がまた進む。
◇危機の在り処◇


私たちは、子どもや親というものからどれほど遠くまで来てしまったのだろう。私がよく引き合いに出すのは1983年である。

この年、任天堂からファミリーコンピュータ(通称「ファミコン」)が発売される。これは、お父さんもゴルフのソフトを購入し使うという、その名の通り「ファミリー」のものだった。これが3年後に売り上げ1000万台を突破する。この時すでに、テレビは「一家に一台」という時代に終わりを告げている。古いテレビが、ファミコンとともに子供部屋に侵入する。それまでファミコンは、お茶の間のテレビに接続されていた。「ニュースの時間」「ご飯の時間」で、それはテレビに切り替わるか、スイッチが切られた。

しかしここに、それまでになかった「子どもの時間」が発生する。食事の時間になっても、「もう少し」「あとで食べる」の声が、子供部屋からおりてくる。当時、ファミコンのある家がたまり場になる社会問題、として浮上した。

もうひとつ、同じく1983年のことだ。『金曜日の妻たち』(通称『金妻』)の放送が開始される。不倫のドラマだ。何が起こったのか。

後に「主婦を怠け者にする」と言われた炊飯器は、1955年に誕生する。洗濯機/冷蔵庫がそれを追いかけ、同時に人手不足の会社/工場が女たちに働き口を用意する。初めは割ぽう着姿の主婦が、制服で通勤するようになった。当然だが、女たちは男たちがそうしていたように、母(父)や妻(亭主)とは違う「女」の姿を追求し始める。

電気も水道も止められたマンションの一室で、子どもたちだけが暮らしていた「西巣鴨事件」は、1988年に起こる。事件を映画化(2004年『誰も知らない』)した是枝監督は、この母親に、「お母さんが幸せになって、どうしていけないの!?」と、長男に向かって言わせている。

ファミコンと『金妻』が同じ年に登場したことは、偶然ではない。この時期を境に、家庭は解体する道をダイナミックに進む。私たちは、これらが自分たちの選んだ道であることを思い知らないといけない。

食べ物も不足していた時代に自分の分を子どもに分けた親、その親の子どもへ言い聞かせたものが「躾」だ。一方で、ゲーム漬けママでもいい、新しい「彼氏」でもいいが、そんな連中が同じ「躾」を言っている。

どんな時でも、私たちはそこに行って確かめないといけない。

「何があったのですか」と。
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