惨劇のファンタジー 西川徹郎 十七文字の世界藝術 書評|綾目 広治(茜屋書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月23日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

惨劇のファンタジー 西川徹郎 十七文字の世界藝術 書評
一行で虚空に突っ立つ現代詩
受容美学の方法論を重ねた著者の慧眼

惨劇のファンタジー 西川徹郎 十七文字の世界藝術
著 者:綾目 広治
出版社:茜屋書店
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西川徹郎は、その乱反射するイメージの飛躍と安易な理解を拒絶する独自の句法を通じて、「難解」をもって聞こえる前衛的な俳人である。それは一行で虚空に突っ立つ現代詩と言い換えてもよい。それゆえにこそ、と言うべきか、西川俳句は吉本隆明や森村誠一など名だたる批評家や作家の批評意欲を刺激し、掻き立ててきた。本書の著者綾目広治もまた、人間存在の深奥に切り込もうとする西川俳句に魅せられ、敢えて垂直に近い岩壁に挑もうとする批評家の一人である。

西川の俳句は詩形として伝統的な「有季・定型」ではなく、口語による「無季・非定型」を選んでいる。その理由を著者は、西川の「たとえば『季題』の『雪月花』の『花』はあくまで京都や吉野に咲く三月の桜のことであって、北海道の新城峠に続く裏山の山桜が咲くのは六月であり、この山桜は『歳時記』の『季語・季題』の『規範』から『疎外』され『抹殺』されてきた」という発言に求めている。言われてみればその通りである。南北に長い日本列島では、桜前線という気象用語があるように、花の咲く時期は地域ごとに異なる。それゆえ季語・季題とは、京都を中心にした貴族的美意識による季節感の中央集権化にほかならないのである。

その意味で「口語で書く無季・非定型」の西川俳句は、天皇制の文化的秩序に抗う「反権力・反伝統の文学」であらざるをえない。たとえば「ざっくり裂けた國旗たなびく冬の町」という句について、著者は「『國旗』が裂けていようと、冬を越す人々の暮らしに変わりなければ、裂けたままたなびかせておけばいい」と解釈する。つまり、単なる情景描写とも見えるこの句について、著者は國旗にひれ伏すのではなく、國旗が裂けようが冬を耐え忍ばねばならない人々の凛とした生活のありようへと目を向けるのである。

このような著者の「読みの方法論」は、本書の冒頭に置かれた「序にかえて」に開示されている。一つは受容美学が主張する、作品内の「空白箇所」や「不確定箇所」の存在であり、それは読者の想像力によって補填されねばならない。西川によれば、俳句は和歌の下句が切り捨てられた「問いのみがあって応答の抹殺された奇形」の形式にほかならず、それゆえ俳句の解釈には読者の積極的介入が不可避なのである。俳句が「読者の文芸」と言われるゆえんであり、そこに受容美学の方法論を重ねたのは、著者の慧眼と言うべきだろう。

もう一つ著者が援用するのは、分析哲学の泰斗クワインの「根底的翻訳」やデイヴィドソンの「根源的解釈」がその基盤に置いている「寛容の原理」である。これは相手が話す言葉がいかに支離滅裂であろうと、それを互いの概念枠が最大限一致するような仕方で好意的に翻訳・解釈すべきだ、という原則にほかならない。とりわけ西川俳句のように、常識をはみ出た隠喩表現が駆使される作品においては、この方法論は有効であろう。

大陸哲学系の受容美学と分析哲学系の翻訳理論とを交差させながら、著者は西川の実存俳句の背景にある浄土仏教(西川は浄土真宗の学僧でもある)やシュールレアリスムからの影響を読み解いていく。その手さばきは、西川俳句を覆っている薄皮を一枚一枚ピンセットで剥いで行くようなスリリングな思いを味わわせてくれる。

さいわい本書の巻末には「黄金海峡*西川徹郎自撰句集」が収録されている。西川俳句に馴染みの薄い読者は、まずこの二四〇句を一覧してから著者の手による謎解きに進むならば、興味は倍加するはずである。
この記事の中でご紹介した本
惨劇のファンタジー 西川徹郎 十七文字の世界藝術 /茜屋書店
惨劇のファンタジー 西川徹郎 十七文字の世界藝術
著 者:綾目 広治
出版社:茜屋書店
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