ネオナチの少女 書評|ハイディ ベネケンシュタイン(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月23日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

ネオナチの少女 書評
ナチスの亡霊、ドイツの深い闇
極右の思想、世界との決別までの波乱に満ちた告白録

ネオナチの少女
著 者:ハイディ ベネケンシュタイン
翻訳者:平野 卿子
出版社:筑摩書房
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ネオナチと言えば、東西ドイツ統一後、特に旧東ドイツ地域で活動が活発化し、昨年夏の終わりにもケムニッツで暴動を引き起こし、大きな問題となった。ドイツは今、難民問題を機に、反難民、反イスラムの右翼勢力が急速に勢いを伸ばし、深刻になりつつある。本書は生まれながらそのネオナチの環境の中で育ち、18歳までネオナチの女の子として活動し、その中で思い悩み、やがて極右の思想、世界と決別するに至るまでの波乱に満ちた生活を叙述した、今は保育士として働く女性の手記である。

ミュンヘン近郊のネオナチの家庭に生まれ、幼い頃からヒトラーを崇拝する父親から徹底的なナチの思想教育を叩き込まれ、服は民族衣装が原則で、敵国のものだという理由で英語も、マグドナルドもコーラもジーンズも禁止される中で育ったという著者の生活環境は、運命とは言え、いかに過酷であったかは驚きの他ない。しかし著者自身がそのことに気づくのは、ずっと後年のことで、恐ろしいのは純粋無垢が故に、その過酷さを過酷と感じない幼い心に植え付けられた父親による娘への徹底したナチの思想教育である。その教育は家庭でばかりでなく、ヒトラー・ユーゲントの再現を目指すドイツ愛国青年団の秘密キャンプでの集団教育でさらに徹底化される。そこで展開される教育内容は、21世紀の今、克服したはずの20世紀の悪夢が蘇えったような目を疑うものばかりである。本書が2017年秋にドイツで出版されるや、反響を呼びたちまちベストセラーになったのは、未だにナチスの亡霊が生きた形で密に受け継がれ、ごく少数ながらもナチ教育として実践されている姿が内側から露わにされた点にあるとまず言ってよいであろう。その意味では、本書は一種の告発本とも言うべき性格を持っているが、しかし本書の魅力はそれだけに留まらない。告発内容とともに、告発せざるを得なくなった著者の心理的葛藤、つまり強権的な父親の支配、ナチ教育の秘密キャンプなどで同志的に結ばれた仲間たちからいかに思い悩みつつ脱出できたか、その成長過程がよく見える心の記録、一種の告白録ともなっている点が本書の魅力である。

それではその脱退までにいたるプロセスの中で、何が注目すべき点なのか。それは著者が単独で脱退を試みたのではなく、フェーリクスという同じナチ教育を受けた恋人と共同戦線を張って極右の世界からの脱出を試みた点にあると言ってよい。そこで注意すべきは、二人とも市民社会からは見れば一見落ちこぼれであるが、その経緯は違うがナチ思想に決定的な影響を受けつつも、他のごろつきのように暴力的な落ちこぼれの極右グループの若者たちとは一線を画していたという点である。その点が二人を結びつける大きな要因なのだが、最初のナチ思想のいわば同志的な結びつきの二人の関係が、様々な切っ掛けを通して、ナチ思想の非人間的性格に気づかされるに従って、反ナチ思想へと共同で方向転換していく姿が告白的手記によって明らかにされる。もちろんそこには男女の愛の関係もあり、著者のこの極右の世界から脱退の意志を確実にさせた切っ掛けが、流産に終わったものの17歳の時、恋人の子を宿したということが象徴的に物語っている。妊娠を通じて、生命に対する自覚を呼び覚まされ、二人して極右の世界からの脱出を図ることになるのだが、ただこの脱出劇は、恋人がすでにネオナチの中の有名なシングソングライターになっていたために困難を極めるが、しかしついに成功する。話はここまででも感動的なのだが、しかし手記はさらにネオナチ脱退後の二人、つまりネオナチ脱退支援団体を立ち上げて、ネオナチ救出のために共同で活動する様子まで叙述する。本書は稀有な環境に育った若い著者の手記であるが、そこには闇をくぐり抜けてきた人でしか書けない世界があり、今のドイツの見えにくい深い闇の一部が明らかにされて大変興味深い。
この記事の中でご紹介した本
ネオナチの少女/筑摩書房
ネオナチの少女
著 者:ハイディ ベネケンシュタイン
翻訳者:平野 卿子
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「ネオナチの少女」出版社のホームページはこちら
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