テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者 書評|太田 省一(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月23日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者 書評
メディアのウソと戯れる、成熟テレビ社会の視聴者たち

テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者
著 者:太田 省一
出版社:せりか書房
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 サブタイトルにある「自作自演」とは、著者の言葉を借りれば「自分自身がその出来事に関与していながら、あたかもそれが客観的出来事であるようにふるまうこと」である。著者はこれをテレビの根本的な性質だとして、その歴史と現在をひもといていく。

何気ない日常の場面をテレビカメラが中継してアナウンサーが実況すれば、それは伝えるべき情報としての価値を帯びる。素人のしゃべり方や服装に芸人が言葉巧みにツッコめば、それはボケていることになり笑いが生まれる。テレビはそうやってあらゆるものをネタに仕立て上げて番組を作る。作り手たちはこうした自作自演性を積極的に高めていき、テレビらしいコンテンツを追究してきた。

視聴者もまた、テレビの自作自演性を楽しむリテラシーを育てていった。私たちは画面に映っているできごとがどんなに「ガチ」に見えても、その背後で十分な打ち合わせと種々の調整があることを知っている。しかしそれをやらせだと糾弾することもなく、興ざめして見る気を失うわけでもなく、ほどほどに距離を取ってツッコんだり感動したりしながらテレビをダラダラと消費してきた。

メディアのウソを見破るだけがリテラシーではない。ウソと戯れることも高度なリテラシーである。そうしたリテラシーを身につけた視聴者がいる社会こそ成熟したテレビ社会なのだ。

このリテラシーは初期のネットに持ち込まれた。電子掲示板「2ちゃんねる」では、メディアネタを実況したりツッコんだりしながら、ほどほどに距離をとってダラダラ消費する作法が培われた。この作法を通じて私たちは、ネット上で自ら生み出すコンテンツにも自作自演を組み込む能力を身につけた。私たちはあらゆるものに上手にツッコみ、ボケを誘うようにうまく「フリ」をおこない、ひな壇芸人のように草(www)を生やし、自分の日常生活やゲームプレイを実況する。

だから本書で議論されたことは、ネット文化を分析する際の基礎的枠組みとなりうる。テレビ的な自作自演がどのくらい現在のネットに引き継がれているのか、あるいは引き継がれていないのか。本書でも最終章でこのことに切り込んでいるが、まだ試論の段階という印象を受けた。若手のメディア論者は積極的に本書のテレビ論を用いてネット文化の分析に挑戦してほしい。

一方でこれからのテレビはどうなるのか。著者は、テレビは常に面白くなければいけないという過剰な面白主義が視聴者を縛り、特に面白くない番組をなんとなく眺める時間に意義を見出せなくなったと分析する。たしかに、退屈な時間から急に世界が広がるのがテレビの魅力である。細分化されたネットコンテンツの世界にその力はない。

おそらく若者はまだテレビを見捨てていない。彼らを次世代のテレビ視聴者に育てるには、愚直に良い番組を作り彼らを振り向かせるという正面突破しかないと私は考えている。
この記事の中でご紹介した本
テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者/せりか書房
テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者
著 者:太田 省一
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「テレビ社会ニッポン 自作自演と視聴者」出版社のホームページはこちら
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