青の数学 書評|王城 夕紀(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月23日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

青の数学 書評
王城 夕紀著『青の数学』

青の数学
著 者:王城 夕紀
出版社:新潮社
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青の数学(王城 夕紀)新潮社
青の数学
王城 夕紀
新潮社
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 この文の完成にたどり着ける気がしない。何度も何度も書き直す。しかしその度言葉は上滑りし、真意はどこかへ行ってしまう。自分の才能に限界を感じる。それでも書きたくてしかたがない。今はそれだけで十分だ。この本は私にそう思わせてくれた。

この本は高校1年生の主人公、栢山が数学オリンピックを制した天才に出会いある問いを出されるところから始まる。

「数学って、何?」(P・14より)

栢山がそれに答えるためには数学と向き合わなくてはならない。

栢山にとって数学と向き合うことは青春そのものであった。数学を通して様々な人と出会い、その数と同じだけの価値観と触れ合う。自問自答を繰り返し成長していく。これは誰もが経験する、もしくはしたことがある青春が数学を題材に熱く書かれている本である。

私は数学が苦手だ。0点を取ったことも1度ではない。それに比べて栢山はかなりの天才だ。作中に登場するネット上の数学の決闘空間において、今まで解かれたことのない問題を初めての挑戦で解くほどの天才である。その天才が数学に挑戦し続ける姿から、私にもわかったことがある。それは、数学に終わりはないということだ。作中にはゴールドバッハ予想やエルデシュ・シュトラウス予想といった、今なお未回答であり続ける問題が出てくる。そして、登場人物の中には数学の果てのなさに打ちのめされたものが何人もいた。彼らは栢山に問う。なぜ数学をやっているのか。意味はあるのかと。そのような問いに栢山は一度憤慨する。

「どいつもこいつも、なぜなぜうるせえな」(P・150より)

栢山は理由を知るために数学をしているわけでも、絶対的意志のもとに問題を解いていたわけでもなかった。彼が数学をするのはある人と約束したからだ。ただそれだけだ。

何かをし続けることに、崇高な理由や決意は必要なのだろうか。私は必要だと思っていた。しかしこの作中には私が求めているような理由を持った者は極めて少数であった。才能があるから、好きだから。数学をする理由は十人十色。これはきっと、数学だけの話ではないのだろう。自分が何かに没頭するのに、理由なんて考えなくていいのかもしれない。私も日々の生活の中に葛藤や不安を抱えている。悩むことだらけで毎日が流れていく。得意なことは何だろう。できることは何だろう。

でも本当はそのようなことは考えなくてよかったのかもしれない。作中に私が感じたことをひとことでまとめた言葉がある。

「とにかくやり続けていくんだ。やり続けていれば、いつか着く」(P・36より)

物事の正解や未来を予想することは誰にもできない。悩みは大人になったからと言って消えるものでもないらしい。それならば自分が少しでも心が動くほうへ。動いた理由は後でいい。

この文の完成にたどり着く気がしない。それでも進む。なぜなら、その姿勢こそ栢山が私に教えてくれたことだから。

この本は頑張るあなたの背中を押してくれるはずだ。
この記事の中でご紹介した本
青の数学/新潮社
青の数学
著 者:王城 夕紀
出版社:新潮社
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