井深 大 書評|武田 徹(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月30日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

井深 大 書評
最初期から最晩年まで
一貫しすぎていたキャラクターを明らかに

井深 大
著 者:武田 徹
出版社:ミネルヴァ書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
井深 大(武田 徹)ミネルヴァ書房
井深 大
武田 徹
ミネルヴァ書房
  • オンライン書店で買う
九〇年代、ソニーにはESPER研究室というものがあった。文字通り、超自然的な現象を研究するべく設立された部署で、デジタルオーディオの研究に従事していた佐古曜一郞が創設し室長に就いていたが、佐古のバックには、創業者の一人である井深大がいた。

当時、脈診や気といった東洋医学、Oリングや右脳開発などに傾倒していた井深は、科学の枠を超えたヒューマンサイエンスの必要性を訴える佐古に共鳴したのである。天才的な発明の数々でソニーを牽引し、世界的な企業へと育て上げてきた技術者・井深のこの変わり身は困惑をもって受け留められた。

晩年の井深に関する評価は二分していると本書の著者・武田徹は指摘する。

一つは「おかしな神秘主義に凝って常軌を逸してしまった天才的技術者」という見方。「密かに口の端に上ることもあったのだろう――井深は晩年にいたってボケたのだ、と」。

もう一つは「天才らしく新しい境地を目指したが、彼の求める意識の革命が常識人の許容範囲を超えたので理解されなかった」とする見方である。ただしこちらは、佐古など晩年の井深と仕事を共にしたごく一部の人たちに留まるという。

武田よるこの評伝は、二つの見方のいずれにも与しない、という宣言から書き始められる。

天才発明少年と呼ばれた最初期から、神秘主義にかぶれたとされる最晩年まで、井深のキャラクターは常に一貫していた、あまりに一貫しすぎていた。武田はそう評価するのである。

幼くして父を亡くし、身を寄せた父方の祖父の家で、まだ珍しかった電灯の明るさ、電気の不思議さに打たれたのが発明家・井深の出発点だった。中学になると無線にのめり込み、空中を飛び交う電波をキャッチすることに夢中になる。井深も自伝で認めているように、彼の創造の原点にあったのは無線であり、ラジオ、テープレコーダー、カラーテレビ、ビデオレコーダーといった、ソニーを牽引した、彼の着想の具現化である製品の数々も、ある意味では無線とその本質を同じくするものばかりだった。

すなわち、時空に満ちている目に見えない力を捕まえて、その恩恵を人々の生活に役立てること。

井深が晩年に執着した「気」もまた、西洋近代科学と東洋医学の違いはあれど、空間を満たす力にほかならない。

現代の科学観では後者は非科学的とされるが、科学と非科学の境界線はそう明白ではない。非科学的と思われたことが科学に取り込まれ、科学的と思われていたことが非科学の側へ排除される、科学はそういうダイナミズムの中で発展してきた。

科学の枠組みを超えているように見える現象を追究するところに井深の発明家としてのユニークさはあったのであり、それは歴史上の科学者たちにも共通して見られる、非科学的どころか、科学的態度そのものである。とするなら、井深は一貫して科学的だったのだし、科学史の上にいると言うべきではないか。

このいわば「魔術と科学のダイナミズム」を解説し、井深の発明に紐付けることに本書は腐心し紙幅を割いている。

晩年の井深まで著者は手放しで評価しているように思われるかもしれないが、そうではない。井深の嵌まった陥穽はやはり凡百のニューエイジャーたちと大差ないものであったことも指摘されている。井深が神秘主義に傾いていったプロセスは、トランジスタからデジタルへと技術が発展し、個人の直感や閃きに頼った技術開発が不可能になっていった経緯と軌を一にしていた。

「そのとき井深は遠くに行ってしまった電気技術を追うのではない、別の道を歩もうとしたのではないか。(…)もうひとつ別のソニーの歴史を作ること。井深はそんなことを考えていたようにも思える」

このプロセスは同時に、ソニーが革新的で魅力的な製品を生み出せなくなっていった軌跡とも一致していた。井深に時間と気力が十分に残っていたらあるいは……と武田は含ませているが、それは井深への敬意から出た手向けだろうと評者は受け取った。
この記事の中でご紹介した本
井深 大/ミネルヴァ書房
井深 大
著 者:武田 徹
出版社:ミネルヴァ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
栗原 裕一郎 氏の関連記事
武田 徹 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 伝記関連記事
伝記の関連記事をもっと見る >