不気味な物語 書評|ステファン・グラビンスキ(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月30日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

不気味な物語 書評
幻想の在り処
強迫観念、偏執、皮膚感覚、ある種の過剰

不気味な物語
著 者:ステファン・グラビンスキ
翻訳者:芝田 文乃
出版社:国書刊行会
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懐かしき不穏、とでも呼ぶべきものに、読みながら捕らわれていた。ポーランドのラヴクラフトと称されているらしい。わたしが思い浮かべたのはアンリ・ド・レニエ、それにホフマンスタールだった。いずれも十九世紀後半に生まれ、世紀末から二〇世紀前半にかけて活動しており、グラビンスキと同時代人である。ロマン主義のあとに来るもの、憂愁と暗さへの志向。象徴主義の書き手たちの、消え入る一瞬に燃えあがる、つめたい炎のような絢爛さ。

ポーランド随一の怪奇恐怖作家、とも銘打たれている。怖い話には型があり、したがって展開の読めるものも少なくないのだが、それでもなお結末まで読者を惹きつけてやまない。差し挟まれる描写の濃度や、意表を突く細部のせいかもしれない。あるいは科学技術と幻想の独特の混ざり合い方。前世紀的なものと新奇なものとが、怪異において融合する。

冒頭の「シャモタ氏の恋人」は、憧れの貴婦人との情事を許され、とある館に通う主人公が心身の異変に気づくというものだ。恋人はすでにこの世のひとではなく、『雨月物語』の「蛇性の淫」を彷彿とさせる筋立ては、古い館の埃っぽい不気味さ、そして情事の際に恋人が見せる身体性の異様さ(「腹まで剥き出しにされた女の胴体――胸もなく、腕もなく、頭もない」)によって、まったく独自のものとなる。グラビンスキの四冊目の日本語訳となる短編集だが、本書はとりわけ性愛の要素が強いようだ(レニエを想起する所以かもしれない)。ときに背徳的なその性愛は、自罰の意識を伴うことも手伝って、人物の精神に変調を来し、ゆえに怪異を引き寄せる。当時としては最新の神経学と幻想とが結びつく。「サラの家で」や「情熱」において、催眠術は重要な小道具だ。

自己同一性の不安もまた精神医学の中心的な命題だが、グラビンスキの作品でもいたるところで見ることができる。まず恋愛というものが、相手との対関係において自己の揺らぎを引き起こす。「サラの家で」のサラの肖像は、その時々で情夫としていた男と奇妙なほどに似通っている。一対のように強い友人関係を結んだふたりの男の間柄が、女の恋人の介在によって揺るがせられることもあれば(「弔いの鐘」)、不倫相手を軸として、その向こう側にいるもうひとりの男の存在こそが、敵であることを通り越して鏡のように、分身のように思えてくる場合もある。この最後の例は、なぜか汽車のなかでしか逢ってくれない女との情事を描いた「偶然」に当てはまるが、この作品は本書のうちでも特異なものと言えるのではないだろうか。ザブジェスキは視点人物であり、一般的なナラトロジーにおいては不可解なものの目撃者となるはずだ(事実、乗客たちの顔の上に不意にあらわれる敵対者の顔を彼は目撃する)。しかし終盤以降は彼自身のほうが、情人の夫・ウニンスキにとっての謎となる。この転換には意表を突かれるけれど、さらに驚くのは続く「和解」の結末における飛躍である。夢はかならずしも現実の下位概念ではないという思想も見て取れる。「偶然」と「和解」は連作となっており、この作家の持つある種の過剰さがよくあらわれているのではないか。

恐怖小説を書こうとしたというより、書き手の強迫観念がそれを浮かびあがらせたのかもしれない。「視線」における通りを曲がる角度への偏執や、「悪夢」にあらわれる病原菌の生々しさ。あるいは技術革新のもたらす変化を敏感に感じ取る皮膚感覚。そうしたところに所在する幻想だから、読後もいつまでもこちらの脳裏を去らないのだろう。ほとんど生理的な言葉の数々が、書かれてから百年を経て、遥か東方の異国の言語――泉鏡花の、あるいは岡本綺堂の――へと翻訳された。墓石の下に埋もれていた身体がよみがえるかのように。それは不穏ではあるけれども、このうえなく懐かしく、悦ばしい邂逅だ。
この記事の中でご紹介した本
不気味な物語/国書刊行会
不気味な物語
著 者:ステファン・グラビンスキ
翻訳者:芝田 文乃
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
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