ポイント・オメガ 書評|ドン・デリーロ(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月29日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

「無機物に還る」地点
今こそ、デリーロ文学に向き合うとき

ポイント・オメガ
著 者:ドン・デリーロ
翻訳者:都甲 幸治
出版社:水声社
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アメリカの荒野で、訳あって一つ屋根の下で時を過ごす二人の男。一方は現役を退いた七十三歳の学者で、もう一方は「その半分以下」の年齢であるという映像作家。取材対象と撮影者という立場上の違いこそあれ、彼らの間には老人と青年と線引きできるほどの明確な精神的年齢差はない。そして、相対的に老いた方の男は、最後まで撮影そのものにゴーサインを出さず、相対的に若い方の男もまた、ひたすら受動的に機が熟するのを待つ。

作者のドン・デリーロは、クーヴァーやピンチョンと同世代でありながら、文学シーンには少しばかり遅れて登場したポストモダン作家で、歴史の軽さとメディアの重さが「小説」というジャンルに見事に収まった長編『ホワイト・ノイズ』(一九八五)以降、アメリカ文学の現代性というものを絶えず更新してきた。そんな彼が、七十歳を超えていかなる境地に達し得たのか。二〇一〇年に発表された中編小説『ポイント・オメガ』は、そうした疑問に、デリーロらしい端正な語り口で回答する。

人里離れた場所で、年齢差のある二人の男が、束の間であれ人生という物語を「映画」を介して分かち合う――。同様の枠組みは、デリーロの下の世代であるポール・オースターが『幻影の書』(二〇〇二)にも採用している。こちらは老いた方がサイレント映画のコメディアンで、若い方がその映画の研究者であった。だが、オースターが二人に許した面会時間はたったの五分と短く、これに対してデリーロの『ポイント・オメガ』は、実りのない会話が続く一ヶ月あまりを追いかけながら、やがて二人の時間感覚そのものが溶解していくような地点を目指して物語を紡ぐ。たとえばそれは、「我々は群衆、群れだ」と、相対的に老いた方の男が相対的に若い方の男に力説する場面。かつてペンタゴンに協力していたという彼は、人類が「自己破壊」し「無機物に還る」地点、すなわち「オメガ・ポイント」を迎える瞬間を、そのアメリカ荒野の向こうに幻視しようとしてみせるのだ。
歴史の軽さが最小値のゼロとなるとき、あらゆる記録や物語は意味を失う。「新しさ」という命題をどの世代よりも理知的に背負わされてきたポストモダン作家たちが、世紀をまたいで「老い」に直面するとき、その先にある文学人生の「オメガ・ポイント」はいかに描かれるべきか。本作を、たとえばそうした相対的に老いた作家の問いかけとみなすとき、彼のオルターエゴさながらに語り手を務める相対的に若手の映像作家のもうひとつの体験――デリーロに比べて、やはり相対的に若手の現代アーティストたるダグラス・ゴードン(当時五十歳)の映像作品《二十四時間サイコ》の鑑賞は、格別の意味を持つこととなる。
実在するゴードンの、実際にMoMAで上映された同作は、ヒッチコックの映画《サイコ》をスローモーション上映して二十四時間に引き伸ばすというコンセプトアートであり、デリーロは相対的に老いた方の男の口を借りて、この試みを「七十億年かけて世界が死んでいくのを眺めているみたいだ」と形容する。もちろん、これは作品の相対的な「遅さ」の比喩であり、きっと語り手の男にもそう受け止められたことだろう。けれど、よくよく考えてみれば、これは相対的な「速さ」の比喩でもある。なにしろ、何十時間、何百ページといった情報量も、七十億年の死を前にすれば一瞬に等しいのだから。

小説の途中、「どんな沈黙もあなたの沈黙です。私はただ撮り続けます」と相対的に若い方の男が相対的に老いた方の男に語りかけるとき、我々はそこに、現実のデリーロよりもさらに遅れてやってきたもう一人のデリーロが、すでに若さと目新しさを遠い過去のものとした老作家に向けてカメラを突きつけているような錯覚に陥る。相対的な若さと老い。そうしたタイムラグのなかで移ろうデリーロの小説に、もはや長編や中編といった区別もなくなりかけているのだとするならば、私たちは今こそ、群れとしてのデリーロ文学に向き合うときなのだろう。ピンチョン全小説にも比肩するような、デリーロ全集の刊行を期待する。
この記事の中でご紹介した本
ポイント・オメガ /水声社
ポイント・オメガ
著 者:ドン・デリーロ
翻訳者:都甲 幸治
出版社:水声社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ポイント・オメガ 」出版社のホームページはこちら
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