イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説 書評|栗生沢 猛夫(成文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月30日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

生き生きと、かくも新鮮な中世ロシア
文献渉猟と精確な論点把握、縦横無尽な語り、絵画資料の賜物

イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説
著 者:栗生沢 猛夫
出版社:成文社
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トップランナーとして牽引してきた著者は、その精力的な仕事で他の追随を許さない存在としてあまねく知られている。その成果は『ボリス・ゴドノフと偽のドミトリー』(一九九七)『タタールのくびき』(二〇〇七)『「ロシア原初年代記」を読む』(二〇一五)などとして上梓されてきたが、どの著作も本国ソ連・ロシアのみならず欧米のロシア中世史研究の成果を網羅的に調査し、それを十分検討して記されたものである。それらに一貫する、周到に目配りされた文献渉猟と対象画定、精確な論点把握、論証の深さと幅は本書でも継承されている。

全二部からなる本書の第一部では、一六世紀後半に編纂された『絵入り年代記集成』の形成史・研究史と史料の概要が述べられる。年代記の中でも「絵入り」と形容された史料の存在は革命前から知られていたが、近年、全四〇巻の形で出版され(ロシア編だけでなく、聖書編、全世界史編、補巻を含む、二〇〇九―一一年)、ようやく全貌が明らかになった。著者は今回の刊行の意義を含む『集成』の全体(紙葉約一万丁と一万七千点超の細密画)を詳述するが、その内容は手稿本の成立時期、編纂者と編纂過程、写本学的特徴等であり、膨大かつ複雑なテクストの構造と歴史を分かりやすく解説し、論評を加えている。読者を啓蒙するものである。

「史料としての『集成』」と題された第二部は、「絵入り年代記」の文字記述と細密画の照合を通して、一五世紀半ばのイヴァン三世治世期からイヴァン四世(雷帝)の一六世紀後半までのほぼ一世紀余の間に急成長を遂げたモスクワ大公国が文字と絵画の両面でいかに描かれているかについて述べる本書の核心部である。著者は、諸年代記(一九世紀半ばから現代まで全四三巻が刊行される『ロシア年代記全集』に集約)の膨大な記述との比較考証が必要で、それを今後の課題とするが、ロシア中世史でもこの時期の歴史研究を主要なテーマとしてきた著者ならではの指摘が随所に見られ、モスクワ大公国に関する「厚い」叙述を信頼感をもって読むことができる。文字と絵画の対照にあたって細密画の細部に注目するだけでなく(第二部で武具や武器、防御設備や城壁等の描写を、第一部(第四章)で帝冠や帽子を取りあげ、文献実証では解明できない多くの面を明らかにする)、両者に描かれていない事実にも論及するなど、縦横無尽とも見える著者の語りを通して、読者はモスクワ・ルーシの興隆とロシア激動の歴史の前触れと幕開けの舞台を堪能することになる。

今回、巻頭を飾った六〇点を越える細密画を見て、中世ロシアがかくも新鮮で、生き生きとしていることに驚嘆した。特有な多層構造的構図の中、人々の群列の配置と動き、個人の微細ながらも豊かな表情、緻密に描かれた事物のリアリティのどれもが、中世的世界はスタティックであるとの偏見を見事に打ち砕いてくれた。それがひとえに絵画史料の賜物だとすれば、その意味からも「絵入り年代記」を取り上げた本書の狙いは見事に成功している。

最後に、評者の専門領域ゆえの関心に引き寄せた感想を一言述べる。年代記というジャンルの性格上、文章と絵は直接的には編纂者(指導者、文書作成者・絵師)の公的イデオロギー(テーマ)を実現しているが、そこには主目的ではない付帯的な事物も描出されることがある(聖者伝の挿絵に登場する、例えば農耕、水汲み、パン焼き、家屋建設他、各種習俗)。著者が取り上げた細密画が第二部の事件史・政治史の興味から選択されたとすれば、「絵入り」のそれ以外の部分も気になるところである。
この記事の中でご紹介した本
イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説/成文社
イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』 モスクワ国家の公式的大図解年代記研究序説
著 者:栗生沢 猛夫
出版社:成文社
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