ツバキ文具店 書評|小川 糸( 幻冬舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年3月30日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

小川 糸著『ツバキ文具店』

ツバキ文具店
著 者:小川 糸
出版社: 幻冬舎
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ツバキ文具店(小川 糸) 幻冬舎
ツバキ文具店
小川 糸
幻冬舎
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 「代書屋っていうのは、昔から影武者みたいなもので、決して陽の目は見ない。だけど、誰かの幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ」
作中のこの一文を読むと、代書屋とはまさしく〝幸福業〟なのだという思いを強くする。「まごころ」という種を紙の上に蒔き、それを咲かせることが代書屋の果たすべき任務なのだ。

本書は文房具屋兼、代書屋を営む「ツバキ文具店」を祖母から受け継いだ、雨宮鳩子という人物が主人公である。彼女に舞い込む依頼は、お金を貸すことを断る手紙、かつてお付き合いしていた幼馴染への手紙、絶縁状など多種多様。依頼者に扮し、便箋やインクの色、字体までも操る彼女の技巧は、まるで自由自在に体色を変えるカメレオンそのもの。実際に代書が本文に添付されているのだが、一つひとつ、別人が執筆したのではないかと思うほどである。じっと眺めていると、文字が喜怒哀楽の感情を持つ人間のように私の目に映る。

例えば離婚を報告する手紙の場合、「封筒の内紙には、冬の夜空のような濃紺の薄紙が使われており、闇の中でも星のような希望が感じられますようにとの願いを込めたつもりだった。」と記されている。また、インクはフランス語で「灰色の雲」を意味するグリヌアージュを使用し、「灰色のインクの色で、こちら側の控えめな気持ちを表現したかったのだ。」と述べる。

そのように代書を通じ、人の心に寄り添う鳩子さん。だが、先代というもう一つの顔を持つ祖母との確執が、二人の修復できない関係を作りあげていく。鳩子さんに反発心が芽生え始め、代書屋を受け継ぐことに対し嫌悪感を抱くようになったのだ。

しかし、祖母の死後、イタリアから日本へ留学に来た青年、アンニョロが文具店を訪れる。彼の母親である静子さんは日本人で、鳩子さんの祖母とかつて文通をしていたらしく、祖母からの手紙を届けてくれたのだ。二人のやりとりの中には、孫の鳩子に対して謝りたいと思う気持ちや、自分自身を責める普段見せない弱気な姿が書かれていた。このように、面と向かい話し難い気持ちを文字化すると伝えやすくなるのは、手紙の最も優れている点と言える。

また、アンニョロは京番茶の香りを嗅ぎ、「いい、香りしますね。イタリアの、冬の匂い」と語る。どの国にも、その土地特有の「愛おしい香り」というものがあるらしい。私もニュージーランドへ旅行した際、安らぎを与えてくれるようなほんのり甘い香りがハンカチに染み込んでいたのを覚えている。そうした香りが、紙に付いて運ばれることは大いにあり得る。手紙を受け取った静子さんは、日本の香りをどこか懐かしく感じ、鳩子さんの祖母もイタリアという異国の地ならではの不思議な香りに出会い、胸をときめかせていたことであろう。この匂いの往来を想像すると、私自身も不思議な香りに包まれる気がしてくる。

このような周囲の人たちとの繋がりの中で鳩子さんは、亡くなった祖母に宛てて手紙を書けるまでに代書屋という仕事に誇りを持てるようになり、今まであやふやだった「自分自身の文字」というものを手に入れる。

一昔前と比べ伝達手段が著しく変化し、手紙を書くことが当たり前でなくなりつつある現代。大切な人にありのままの想いを紙に載せて伝えてみるのもいいかもしれない。きっと、書き手も読み手も心の中がほっこりした温もりで満たされるだろう。

気づくと手元にあるSNSはひとまず忘れ、ペンと紙を取り、心静かに久しく連絡をしていなかった高校時代の友人Yに手紙を書こうとしているもう一人の私がいた。
この記事の中でご紹介した本
ツバキ文具店/ 幻冬舎
ツバキ文具店
著 者:小川 糸
出版社: 幻冬舎
以下のオンライン書店でご購入できます
「ツバキ文具店」出版社のホームページはこちら
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