本多真弓『猫は踏まずに』(2017) 録音でない駅員のこゑがする駅はなにかが起きてゐる駅 |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年4月2日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

録音でない駅員のこゑがする駅はなにかが起きてゐる駅
本多真弓『猫は踏まずに』(2017)

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駅という空間にいるのは乗客だけではない。駅員も運転士も鉄道警察隊も、普段あまり表に出てこないだけでたくさんの人たちが働いている。彼らの役割は、一人でも多くの乗客がなんの滞りもなく目的地へ向かってゆくことだ。だから鉄道が正常に動いているときほど、その存在感は「透明」なものになる。

平時に聞く駅員の声は、あらかじめ録音された音声で注意喚起などをする無機質な響きだ。しかしそうではない、駅員が自分の生の声で何かを訴えかけている。そのときに「あ、これは異常事態だ」と気付く。冷静に考えるとこれは倒錯している。誰もが生の声でしゃべっている状態の方が自然なはずなのだ。しかし駅ではそうではない。平時には録音が流れ、非常事態のときだけ駅員がその「透明」な存在感を脱ぎ捨てて本物の声でしゃべりだすのである。機械的な録音ではなく、人間的な生の声の方がより恐ろしいと感じてしまう。そんな倒錯に慣らされてしまっていたことを、本当の非常事態のときになってやっと気付くというわけである。

ところでこの歌の作者は口語短歌でかつ旧仮名遣いという文体を採用しているのだが、単にこの一首だけを取り出して読んでみたとき、「ゑ」や「ゐ」といった古いひらがなが、混乱してバグったような印象に見えるから不思議である。録音でない声を聞いてしまったばかりに起こるプログラム誤作動。本当は自分がロボットだったことにそのとき気付くというSFなのか
も。(やまだ・わたる=歌人)
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