日本の〝穴場〟探訪 〈第三回〉長岡百穴古墳|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日本の〝穴場〟探訪
更新日:2019年3月26日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

日本の〝穴場〟探訪
〈第三回〉長岡百穴古墳

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Ⓒ田村 収
餃子で有名な栃木県の宇都宮。駅から路線バスで15分、最寄りのバス停を降りて国道沿いを歩くこと数分で、目指していた場所に到着した。道路端に突如現れる長岡百穴古墳は、古墳時代に作られた横穴墓群の1つで52基の横穴墓があり、県の史跡に指定されている。若干規模は小さいものの、存在感は吉見百穴にも負けていない。百穴の前に畑があるのどかなシチュエーションはローカル色満載で、近づいてみると百穴の手前にも畑の脇道が続いていて通行可能なようだ。穴への出入りも自由に出来る状況なので、居合わせた家族連れの観光客らも、子供が百穴に登ったり中に入ったりしているのを見て、私も早速体感したい衝動に駆られた。

かがみ込んで中に入ってみると、前回の吉見百穴には見られなかった小さな観音像が正面の壁に彫られているのに気づいた。もしやと思い、他の穴も覗いてみると、やはり1つ1つポーズを変えた観音像が正面に鎮座しているのである。各穴に1体ずつ鎮座するこれらの観音像は室町時代から江戸時代にかけて彫られたとされており、中には弘法大師が一夜にして彫ったという言い伝えもあるものの、供養目的なのかその成立は定かでない。宇都宮に伝わる『百目鬼(どどめき)伝説』にも登場するという場所なので、謎めいた伝承好きにとってはたまらない穴場であろう。

横穴墓自体、元々は身分の低い人の集合墓地なので、装飾は施されないのが通例であったが、後世に発見されて、さらに観音像が彫られたことで格式が上がったようにも思えた。確かに、たとえ後世であっても、埋葬された室内に、装飾として観音像が彫られたのであれば、宿り続けた魂もきっと、未来永劫に成仏されたのではないだろうか、と思いを馳せつつ、この場を後にした。(たむら・おさむ=写真士)
Ⓒ田村 収

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