対談=吉川浩満×綿野恵太 ダーウィニアン・レフト再考 連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月29日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

対談=吉川浩満×綿野恵太
ダーウィニアン・レフト再考
連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録

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第3回
「効果的利己主義」の勧め

綿野 恵太氏
綿野  
 しかし、いっぽうで人種とIQを関連づけて論じることは人種差別だと批判されてきました。吉川さんのご著書『理不尽な進化』で大きく扱われたスティーヴン・ジェイ・グールドも強く批判していた。いっぽうで、性別や人種に関する生物学的な知見を利用した政治運動みたいなのも出てきています。たとえば、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』(イースト・プレス)の木澤佐登志さんがご紹介されていますが、脳科学や進化心理学に依拠して、人種や性別に関する差異を肯定しようとするインテレクチュアル・ダークウェブみたいな集団がいます。
吉川  
 話を聞きながら、三つポイントがあると思いました。一点目は、私たちがこれまで知ることのなかった、きわめて興味深い知見が紹介されているということです。なんで知らなかったかと言えば、これまでそういうことは言ってはいけないということになっていたからだ、でもこれからは……というのが橘さんのメッセージですね。私も本で紹介されている科学研究を正確に評価できるわけではありませんが、だいたい妥当な議論だと言っていいんじゃないかと思います。
二点目。橘さんは、強く批判されるようなことはあまり言いませんね。本の中でも自分はリベラルだと明言されています。こういう研究があるという紹介がメインで、提案は穏当なものにとどめている。だから竹内久美子さんなんかとはかなり違いますね。竹内さんはまさにシンガー本の訳者ですが、皇族のY染色体存続のために男系による皇位継承を主張したりしています。

三点目。先に綿野さんが紹介された国別のIQの数値、ああいうものを見ると、確かに遺伝的要素を考慮に入れないまま人間と社会について考えていくのは不十分だろうなと思えてきます。橘さんの言うとおり左翼やリベラルもこうした知見を避けて通れない局面にきているのではないでしょうか。

別の調査では、アメリカで黒人と白人のIQの差を調べてみると、黒人のIQが低く、かつ教育効果もそれほどでもないという結果が出た。ある科学者がそれをもとに、アファーマティブ・アクションで黒人に教育支援をするのは非効率であると論じて、強く批判されるという出来事がありました。
綿野  
 データをダシにして、現在の政策に反映させろと主張しているからですよね。
吉川  
 橘さんの本を読んでいても、国別のIQの話が出てきたときに、そういう主張がくるのかなと一瞬身構えるのですが、橘さんはそういうことはまったく言わない。ちょっと肩すかしを食らわされた気になりますが、そこは自分で考えなければならない。

考えなければならないのは、ひとつには、国別・人種別にIQの差がある以上、支援はやめようという意見が出てくる可能性があるということです。でも、逆の意見が出てくる可能生もあります。つまり、教育支援に意味がないという意見の根拠になるのは、おそらく効率性だと思うんですね。はたしてお金をかけるだけの甲斐はあるのかという。しかし格差が広がりすぎることによって、かえって社会の安定性を損なってしまい、全員に不利益な結果が生じる可能性もある。そういうことを考えると、少々の無駄を折り込みながら支援をつづけた方が、よい結果に結びつくのではないか。そんな意見だってありえますよね。
綿野  
 社会全体のコストのほうを重視するということですね。
吉川  
 何を重視するかによって、どちらもありうるわけです。こういう本を前にすると、まったく正反対の意見が頭に浮かぶ。橘さんはその手前でいつも止めるので半分はショック療法の本なんですが、この本の持つ意味は大きいと思います。人種とIQに関係があることが事実としたらどうするのか。まずはそれぞれの科学研究における人種概念、IQ概念を正確に理解する必要があります。通俗的な意味とはかなり違いますから。でも、その先にこそ、ものすごく面倒くさい、考えなければいけないことがある。

IQをもちだす議論に対するポピュラーな批判として、そもそもIQなんて特定の人々が特定の目的のために作ったテストなんであって、人間の知的能力を十全に表わすものではありえない、というものがあります。綿野さんが名前を出した反差別的な論者であるグールドのような人も基本的にはこの路線でした。まったくそのとおりなのですが、それはもはやトリヴィアルな問題であり、状況はそういう批判を超えていると思います。

IQなんてフィクションなんだけれども、そのフィクションが現実に幅を利かせているという知識社会の構図がある。とくに二〇世紀後半以降の知識社会では、IQテストを作るような人々が能力を発揮する。そこにおいては「IQが高い≒知的能力が高い≒生産性が高い」という等式がほぼ成り立っている。そんな社会に我々は生きているんだということです。
綿野  
 確かに橘さんも書かれていますね。悪いのは知識社会であると。
吉川  
 IQ概念を批判するだけでは駄目なところにまできているように思います。
綿野  
 そうですね。橘玲さんは批判されるような迂闊なことは絶対に書かない。あくまでも統計学や脳科学、進化生物学といった科学的な知見を生かしてより良い人生を過ごすヒントを与えようとしている。ピーター・シンガーは「効果的利他主義」を勧めているのにたいして、橘さんは「効果的利己主義」を勧めているだけかもしれません。
吉川  
 結構面白いことも言っているんですよね。ごく簡単に紹介すると、日本人のIQが高いことを強調している。
綿野  
 ある意味では「日本スゴイ」本になっている。
吉川  
 IQは、大雑把に言って寒冷地ほど高くなるとも言っている。だから日本人は、今のこの窮屈な社会で、パワハラとかを受けて暮らすよりも、暖い南の国に移住して、ちょっと賢い奴として暮らせばいい。そして最後には「置かれた場所で咲きなさい」ではなく、「咲ける場所に移る」ことをすすめている。まあ、かといって自分が幸せになれるかどうかは別だというのがつらいところですが。人生というのはn=1ですから、一〇〇万人いてその中の六〇万人が幸せになりましたでは意味がない。いろんな問題は含んでいるけれど、なかなか稀有な人生指南本だと私は思います。
綿野  
 ちょっと賢いネトウヨが、この本をネタにして日本人は遺伝的に優れているという論を立ててくることは予想できますよね。アメリカではインテレクチュアル・ダークウェブという集団が実際に登場していますし。
吉川  
 ダークウェブというのは、ウェブサイトのことではなく、人の繋がり、人脈のことを言っているわけですよね。
綿野  
 ええ。たとえば、グーグルの技術者だったジェイムズ・ダボアが作成した社内文書がリークされて社会問題化しました。IT業界のジェンダー・ギャップは男女の生物学的な差によるものだ、しかし、グーグルはダイバーシティを目指すあまり、このような「ファクト」に目を背ける空気がある、と。
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この記事の中でご紹介した本
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である/河出書房新社
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である
著 者:吉川 浩満
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「人間の解剖はサルの解剖のための鍵である」出版社のホームページはこちら
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