対談=吉川浩満×綿野恵太 ダーウィニアン・レフト再考 連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月29日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

対談=吉川浩満×綿野恵太
ダーウィニアン・レフト再考
連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録

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第4回
新しい異議申し立ての運動

吉川  
 まず、グーグルの事件に対する感想を述べておきます。新反動主義とインテレクチュアル・ダークウェブの関係は錯綜していてよくわからないところもありますが、とりあえずは反ポリコレ的な主張をする際の科学的エビデンスの重視という共通項をとりあげましょうか。彼らが言っていることの八割ぐらいはわかるんです。なぜこういうことを言いたくなるのかもわかる。簡単に言うと、ある種のアイデンティティ・ポリティクスの側面が強いのではないかと思います。自分たちはリベラルのポリコレ的価値観によって虐げられていると考える人たちがいる。
綿野  
 マイノリティでなく、マジョリティによるアイデンティティ・ポリティクスですね。
吉川  
 これまであまり見たことがなかった新しい異議申し立ての運動なのかもしれませんね。『ハイブリッド・エスノグラフィ』(新曜社)を書いた木村忠正さんが、いわゆるネトウヨについて、面白い言葉を使って論じています(4面に書評掲載=編集部註)。これは「非マイノリティ・ポリティクス」だと。言いえて妙だと思います。自分はメジャーな価値観のせいで割を食っていると感じている。でもマイノリティではない。それと似た構図になっていると思います。社会学者の岸政彦さんがいつも言っている、マジョリティとは誰かという問題にも通じる、興味深い現象です。

感想を続けると、こういう人たちに対してつい言いたくなるのは、「だからなんなの?」ということです。人間には差異がまったくなく、全員が素晴らしいなんて、最初から思っていませんからね。そんなこと言われたって、だからなんなのか。その先には本当に言いたいことがあるんだろ、言ってみろよ、と思うことがある。個々のエビデンスの認定に関してはあんまり異論がないけれど、そういうところがいつも気にかかります。
綿野  
 人種や性別に関する生物学的な知見を披露したからといって、自由や平等という理念が傷つくことはもちろんない。
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この記事の中でご紹介した本
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である/河出書房新社
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である
著 者:吉川 浩満
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「人間の解剖はサルの解剖のための鍵である」出版社のホームページはこちら
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