対談=吉川浩満×綿野恵太 ダーウィニアン・レフト再考 連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月29日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

対談=吉川浩満×綿野恵太
ダーウィニアン・レフト再考
連続トークイベント〈今なぜ批評なのか〉第一回載録

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第6回
現代的レイシズム

吉川 浩満氏
吉川  
 綿野さんの話で思い出しました。ニック・ランドの『暗黒啓蒙』の第一章は、「新反動主義は脱出へと向かう」でしたね。プロテスト(抵抗)ではなく、エグジット(脱出)です。もうこのテーブルから去るということですね。
綿野  
 まあ、リバタリアンですよね。あと、社会的な格差を無視して、性差や人種間の生物学的な特徴を理由に、不平等を肯定する彼らの言説って、「現代的レイシズム」のバリエーションではないか、と思います。
吉川  
 その通りですね。簡単に説明すると、伝統的なレイシズム、たとえば「黒人は劣っている」というのが昔ながらのレイシズム(1・0)だとすると、現代的レイシズム(2・0)というのは「黒人は不当に利益を得ている」というものです。思い出しませんか、在特会という名前を。主張の形式は同じなんです。
綿野  
 いま目の前にある不平等は、人種や性別の生物学的なちがいによるものにすぎない。その意味で差別はない。にもかかわらず、社会的な差別があるとして抗議するのは、不当な特権を得ようとしているからだ、というのが彼らの主張ですからね。まさに、「現代的レイシズム」のロジックです。
吉川  
 だから、新反動主義とかインテレクチュアル・ダークウェブの一部は、非マイノリティによるアイデンティティ・ポリティクスなんですよ。もちろんいろんな人がいるので、一口には括れない。ただ、ジェイムズ・ダモア氏の文章は「中二病的」だとよく言われていますよね。実際、中二病的というかセカイ系的というか、そういう傾向はあると思います。リバタリアン系の思想にありがちだと思いますが、頭の中と世界が直結していて、その中間にあるはずの社会がない。中間の社会が面倒くさいので除去したいという気持ちはわからないでもないですが、実際に存在しているものをないものとするならば、あとはカルトへの道しかない。

繰り返しになりますが、引用しているエビデンスは大体正しい。でも、それを言ってどうするのかということです。たとえば、彼らが頭の中で考えているエンジニアの理想の男女比があるとします。仮にそれが「男性:女性=七:三」だったとして、もし、その数字に近づけるのが会社や社会の正しい方向性であると考えているとしたら、それは端的に間違いです。もし、世界帝国のAI君主が奴隷として使役している全人類の労働効率の最適化を目指していると想定するならば、ありうるオプションかもしれません。でも、実際には違います。当たり前のことですが、労働の効率化や生産性の向上は、人間にとって唯一究極の目的であるというわけではない。社会にとってだけでなく、会社にとってさえ、超一流の巨大企業にとってさえそうです。そこを捨象して考えて、どうしようというのか。

ただ、なんでこうやって新反動主義やインティレクチュアル・ダークウェブの話をしているのかというと、彼らの存在と主張が重要だからですよね。世界のリベラル化、スティーヴン・ピンカー言うところの「権利革命」は、ほとんど不可逆的に進行している。それに対する先進資本主義国における異議申し立てが新反動主義なのであれば、それはリベラル世界の分断を象徴するような存在ということもできます。レフトとしては、炭鉱のカナリアを大事に観察しながら、しかしマノスフィア以外の解決策をさぐらなければなりません。
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この記事の中でご紹介した本
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である/河出書房新社
人間の解剖はサルの解剖のための鍵である
著 者:吉川 浩満
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「人間の解剖はサルの解剖のための鍵である」出版社のホームページはこちら
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