金融化資本主義  生産なき利潤と金融による搾取 書評|コスタス・ラパヴィツァス(日本経済評論社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月30日 / 新聞掲載日:2019年3月29日(第3283号)

金融化資本主義とはなにか ――その謎にせまる体系的好著――

金融化資本主義  生産なき利潤と金融による搾取
著 者:コスタス・ラパヴィツァス
出版社:日本経済評論社
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一九八〇年代以降の現代資本主義は、新自由主義的資本主義ともグローバル資本主義とも特徴づけられる。と同時にその内実には金融化資本主義としてのもうひとつの重要な特徴が認められる。本書は、この金融化資本主義のしくみにふくまれるいくつかの興味深い謎を学問的な問題として提示し、これに理論的、実証的分析を体系的に加えた好著である。そこには日本のマルクス経済学、とくに宇野理論の成果が活かされていると同時に、近年の新古典派経済学による金融論の主要な展開にも十分な検討が加えられている。世界的にこの分野での指導的役割を果たしている理論家の一人としての著者の学識がうかがえる。政治経済学の限代的金融論の標準的テキストとして、金融に興味をよせる研究者はもとより、一般読者にも学生、院生にも広くおすすめしたい。

本書の全体は一〇章を三部に分けて構成されている。その特徴的論点を要約しておこう。

第1部「金融化:理論的分析と歴史的前例」によると、一九七〇年代末以降、金融活動と金融利潤の急拡大、金融関係の社会経済への浸透、経済政策への影響が顕著となった。こうした現代資本主義の金融化は、P・スウィージーらにより、独占資本のもとでの経済余剰吸収の重要なはけ口としてまず注目され、ついでフランスのレギュラシオン学派、ポスト・ケインズ派、さらには社会学、政治学の分野からも関心を集めるようになってきた。その内実は、一九世紀末から二〇世紀初頭に生じた金融化の第一波におけるヒルファディングの『金融資本論』での古典的考察を参照基準としつつ、金融化の第二波としての特徴を、非金融企業、銀行、家計の金融とのかかわりの変化の相互作用をふくめ、理論的に分析されなければならない。

これをうけて第2部「金融化の政治経済学」では、まず現代の金融化資本主義の貨幣的基礎が、ともにそれ自身に価値を持たない国内貨幣としての不換中央銀行券と準世界貨幣としてのドルとに移されており、電子マネーなどの新たな形態の貨幣も金融化の一環を形成していることが示されている。ついで金融と現実的蓄積との機構的関連が考察されるとともに、そこから生ずる金融利潤の源泉に検討がすすめられている。

それに続き第3部「金融化の実証的・歴史的特性」では、アメリカ、イギリスの資本市場優位型、ドイツ、日本の銀行優位型の差異はふくみつつ、ともに金融化現象が、非金融諸企業、銀行、家計の変容をつうじ進展していることに実証研究をすすめている。ついでそれにともなう金融危機の反復の最も深刻な事例として、アメリカを震源地とするいわゆるサブプライム恐慌とそこから派生したユーロ圏の政治経済的危機に分析をすすめている。それに加え、金融市場安定化にむけた方策として、銀行の資産対比の最低自己資本比率とその厳格化をすすめた国際決済銀行(BIS)の規制、バーゼルⅠ(1988)、バーゼルⅡ(2004)、バーゼルⅢ(2017)にも批判的検討をおよぼし、それに代わる金融安定化への代案として、(外貨取引にごく低率の税を課す)トービン税導入による投機的利得の抑制をふくむ金融の公的コントロールと公益事業化の可能性が結論的に示唆されている。

こうした本書の展開をつうじ、さらに協力して考察を重ねてゆきたい重要な問題が幾重にも提示されている。さしあたり三点に絞ってその例をあげておこう。

第一に、金融化資本主義とはなにか。本書には二つの観点が読みとれる。その一つは、ヒルファディングの『金融資本論』を金融化の第一波をとらえた重要な古典として位置づけ、現代の金融化の中枢にも銀行の業務の拡大と銀行利潤の顕著な増大があるとして、銀行の役割の変容を重視する見地である。他方で、現代の第二波の金融化は、むしろ大企業の自己金融化、その内部留保資金の金融市場での運用、労働者家計の貯蓄、年金、保険金などの機関投資家による運用と、住宅ローンなどによる家計債務の増大、富裕者層の不動産と金融資産の急増など、さまざまな経済主体の全体を包摂する金融化を金融化資本主義の現代的内実として分析する見地も示されている。

この双方の観点はむろん相反するものとはいえない。むしろ後者のより広い観点に魅力もあり、銀行の役割の変化もその一環に位置づけられてよいのではないかとも思える。

そのさい、現代資本主義の支配的資本として、金融資本の規定をどのように再整理して継承しうるか。マルクス経済学の研究次元を原理論、資本主義の世界史的発展段階論、および現状分析の三段階に区分する宇野理論としても、いわゆる擬制資本の理論的意義を中心にあらためて再考を要するところがあるのではなかろうか。

第二に、本書は金融化資本主義の重要な一指標として金融利潤の急拡大をあげ、その源泉を探求している。実際、もっぱら産業的投資に融資してそこで産出される剰余価値としての利潤から分与される利子を利潤の源泉としていた古典的銀行業務からみると、低成長経済で産業諸企業が自己金融化する傾向を強化しているなかで、銀行などの金融利潤が急増してきた一九八〇年代以降の傾向は、逆説的謎にみえる。

本書の原題「生産なき利得:いかに金融はわれわれすべてを搾取しているのか」もこの問題を解こうとする意図を示している。それに応じ、ヒルファディングの創業者利得論を広くキャピタルゲインの源泉論に展開し、その利得の源泉が既存の貨幣資産の再配分による収奪機能をともない、しかも現代的にはその収奪対象が住宅ローンをふくむ消費者信用をつうずる労働者大衆に拡大されていることが本書では指摘されている。

金融利潤が、賃金労働者の剰余労働の搾取の成果の利潤からの再配分形態をなす場合と、消費者ローンにより賃金所得から支払われる収奪の側面を重層的にともにふくむようになっているとみなす場合、搾取と収奪の実質的相違はどこにあるのか。収奪の側面は流通をつうずる既存資金の移転にすぎずゼロサムの枠内に収まると本書の一部で示唆されていることに問題はないか。資本主義以前の高利貸し資本による収奪と現代の消費者信用の機能との異同をどのようにみるか。さらにゼロサムでないキャピタルゲインやキャピタルロスはありえないか。またありえるなら、その内実をどう理解しうるか。

加えて国際的にも途上諸国から資金がむしろアメリカなど先進諸国に逆流しているという本書の指摘は、金融利潤の源泉論として国際的な搾取と収奪との二面をふくむものと理解すべきであろうか。こうした一連の諸論点にも理論と実証の両面にわたり、協力して検討を加えてゆきたい謎と問題が残されている。

第三に、新自由主義的な市場原理主義を強調しつつ、金融化資本主義とそのもとでの金融利潤急増に、実は国家が中央銀行とともに強力な支援を与え続け、とくに金融危機にさいしての金融諸機関と富裕者の資産救済にむけて公的資金を大量に投融資してきたことも、本書では批判的に解明されており、ここにも逆説的問題点が残されている。金融化を促進しそこに生じた金融危機に大規模な介入をすすめた国家と中央銀行の役割は、新自由主義のもとでの資産と所得の格差拡大に重要な一役を担ってきているのであり、いまやその是正が急務になってきているとする本書の結論的主張もうなずける。その裏付けのためにも、財政と金融の機構的関連とその国家による政策的操作を介しての資産と所得の再配分作用と、それにともなう金融的利得増大の効果には、理論と実証の面からさらに立体的に探求され解明されてよい諸側面があるのではなかろうか。

なお大部で複雑・広範な領域にわたる本書の邦訳作業は多くの困難をともなったことと思われる。訳者にはその労苦に感謝したい。しかし、いくつか読みにくいところや不適訳、誤訳もあり、原書でたしかめる必要もあった。再版での改善に期待したい。(斉藤美彦訳)
この記事の中でご紹介した本
金融化資本主義  生産なき利潤と金融による搾取/日本経済評論社
金融化資本主義  生産なき利潤と金融による搾取
著 者:コスタス・ラパヴィツァス
出版社:日本経済評論社
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