中平卓馬をめぐる 50年目の日記(1)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年4月9日 / 新聞掲載日:2019年4月5日(第3284号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(1)

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姉が電話の切り際に、職場に面白い人がいるから今度来たときに紹介するという。どんな風に面白い人?と聞き返すと、スペイン語が堪能でロルカの詩の本なんかを読んでもらうとそれは流暢で音楽を聴く感じのように素敵だから、といった。

数日して会社を訪ねると、(というのはいつものことだが私が姉を訪ねるのは食事をおごってもらうことと少しの小遣いをせびるため)姉は編集部の部屋に私を連れて行って小柄で黒メガネの「面白い人」を紹介してくれた。それが中平卓馬さんだった。

かれはそう広くもない編集室の六人ばかりの部員のデスクの回りをうろうろしていて、「中平さんはいつもああなの、机に座っているところなんて見たことがない」と姉はそっと私にいいながら手で相図してドアそばの小さなソファのところに中平さんを呼んだ。小声だったのに話が聞こえていたらしく、かれは「だってすることがないんだから」とうろうろの言い訳をして、姉が私を連れて昼食に出るというと「ぼくも行きたいな」といい、「じゃあ一緒に行きましょう」ということになった。

京橋・明治屋のすぐ近くの大きなビルの地下に静かなレストラン(「東洋」とかいった)があって、昼時でもそんなに混雑することもなく、姉はよくそこへ連れて行ってくれていた。静かなので話がしやすかったからだ。

テーブルについて、「弟です。目下は浪人中のようなものです」と自己紹介し、「スペイン語が得意なんですって?」と聞くと、中平さんは「得意というのじゃないけれど卒業するためには必要だったからね」と、自分は東京外語大学のスペイン語学科を卒業したのでと説明してくれた。

私も外語大学を受けたことがあった。その話をすると「何語を受けたの?」と聞き返され、「ドイツ語学科。もちろん落ちたんですよ」というと「それはよかった。最悪の大学だからね。とにかく学生と来たらみんな高校でESSのクラブに入っていたようなやつばっかり。世間のことなんかにまったく興味がない語学マニアだらけさ。落ちてよかった、入らなくてよかった、ほんとうによかったよ」と繰り返してけらけらと笑った。

そして「弟さんは何をしたいの? 大学はどこへ行こうとしてるの?」と聞かれた。「経済系なんですがほんとうは映画のシナリオを書きたい。でも大学は普通のところへと思って一橋大を受けたんですが落ちました。ついでに受けたさっきの外語大も落ちたんですが。それでまたやってみようかと」とはじめに全部白状してしまえと思って正直に話した。

すると、中平さんは「エッ!」と声を出し驚いた表情になって、自分も一橋に落ちたんだよ、と同類を見つけた気安さになったかストレートに顛末を口にし出した。

「親父は東大へ行けといったけどぼくは東大が嫌でねえ。黙って一橋を受けたんだ。あとでそれを知った親父はものすごく怒った。外語へも行くつもりはさらさらなかったんだけど親父はさらなる浪人は絶対にはならんといってね。しようがなく入ったってわけ。ぼくも映画をやろうと思ってるんだけど親父の手前それもずっと内緒にしている。
そうかあ、いや同じ部類だねえ。」
と嬉しそうに笑った。そして「じゃあ今晩はどっかへ行って話をしようよ」ということになった。

    (次号につづく)
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