娘について 書評|キム ヘジン(亜紀書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年4月6日 / 新聞掲載日:2019年4月5日(第3284号)

娘について 書評
みんな誰かの子であることについて
娘のパートナーである「あの子」

娘について
著 者:キム ヘジン
翻訳者:古川 綾子
出版社:亜紀書房
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こういう小説を読みたかった。母親が住む家に、娘が同性のパートナーを連れて同居を始めた。母親はどう対応して良いのか戸惑う。
LGBTの人々のパートナーシップを認めることは急務だと考えている。生死にかかわる病気をした時、あるいは不幸にして死亡した時、血縁者以外でさまざまな法的手続きをとれるのは配偶者だけだからだ。従来の婚姻関係ではLGBTの人々のパートナーは、生死にかかわる法的手続きをとることができない。だから同性同士のパートナーシップも認めるべきだという政治的主張はシスジェンダーである私にも充分に納得がゆく主張である。そして、それは現代社会では急がなければならない制度化であることも想像がつく。では、自分の子が同性のパートナーを選んだとしたら、どのような感情を抱くだろうか。それを考えさせる作品を読んでみたかった。「娘について」はまさにそれが主題となった作品だ。
日本も韓国も儒教の影響を受けた社会で、家屋敷を守り祖先からの墓所を祭るのが、人間の人生の重要な意味だとされてきた。仮に継承する家屋敷も墓所もなくても、何かそれに準じた感覚を抱いて人は生きるものだと信じてきた。親子の関係を軸に社会秩序を築いてきた点は両国に共通した感覚だ。一方で、キリスト教の社会にみられるような同性愛に対する忌避は薄い。快楽追及の手段としての同性愛は黙認のかたちで許容されてきた。
キム・ヘジンは主要登場人物に女親と娘という女性の親子を選ぶことによって、ひとまず男性の血統で受け継がれてきた儒教的な同族継承から作中人物を切り離す。そこに残るのは、親が子を育て、子が親の最後を見とりながら、新たな世代の命を育むというシンプルな連鎖のイメージだ。このイメージはごく常識的な感覚として日韓の社会に共有されていることだろう。
同性をパートナーとする娘の立場から描かれた親子関係の小説はこれまでも見かけた気がする。あいまいな言い方で恐縮だが、日本の作家たちはとかく子の立場から作品を形成することが多いので、そうした印象を持っているのだ。が、キム・ヘジンは娘のパートナーに困惑する女親を軸に据える。ソウル市内で夫と二人で一人娘を育ててきた。核家族と呼ばれる家庭で、夫は他界し、今は老朽化した家に住みながら介護士の仕事に従事している。この女親はさまざまな職業につきながら一人娘に大学教育を受けさせ、娘は大学の非常勤講師の職についている。介護士としての職場では社会運動家として孤児の面倒を見てきた老婦人を担当していた。子どもを持たずに高齢になった老婦人は、認知症が進み、かつて受けていた社会的尊敬も忘れられる。介護士の職分を超え、老婦人の尊厳を守る行動に出た時、母親として納得ができなかった娘のパートナーへの理解もまた進む。娘のパートナーをよそよそしく「あの子」と呼んでいた言葉が、我が子と同様というニュアンスを含む「あの子」に変わる。それでも親として同性のパートナーを持つ娘への違和感は消え去ったというわけではない。娘についての感情は揺れ動き続ける。旧来の常識的感受性から、現状を受け入れる感受性を生み出してゆくには、この心の揺れ動きこそ自然であろう。そしてこの心の揺れ動きは、日常生活を営むための優しさが含まれている。
この記事の中でご紹介した本
娘について/亜紀書房
娘について
著 者:キム ヘジン
翻訳者:古川 綾子
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「娘について」出版社のホームページはこちら
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