いま、言わねば 書評|松本 昌次(一葉社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年4月6日 / 新聞掲載日:2019年4月5日(第3284号)

いま、言わねば 書評
追悼 松本さんの肉声が蘇る
時代と状況への激しい怒りが込められた全身編集者の遺言

いま、言わねば
著 者:松本 昌次
出版社:一葉社
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いま、言わねば(松本 昌次)一葉社
いま、言わねば
松本 昌次
一葉社
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一月一五日、松本昌次さんが亡くなったとの報を受けて、様々な思いが蘇ってきた。最後にお会いしたのは三年ほど前、共通の知人の出版記念会だったと思うが、たまにはまた飲みましょうなどと言いながら、それが果たせなかったことが悔やまれる。松本さんのお名前を最初に知ったのは今から五五年も昔の大学三年生のとき。貪るように読んでいた吉本隆明の『芸術的抵抗と挫折』の後書きに、「この評論集は、書名を始め、その一切について、未來社の松本昌次氏に負っている。録して感謝の意を表する」とあり、松本昌次という編集者の名前が強く心に刻まれ一種の畏敬の念を抱いていた。

その松本さんから、その頃のことなどを直接詳しく聞くことになったのは二〇〇六年のこと。朝日新聞社から刊行されていた月刊誌『論座』連載の「わたしの戦後出版史―その側面」のために、当時トランスビューの代表だった中嶋廣さんのお声掛けで、講談社で現代新書や選書メチエの編集長を務め役員にもなった鷲尾賢也さんと二人で、二年間に渡りなんと一六回も聞き書きをさせていただいた。(この聞き書きは、二〇〇六年四月号から〇七年一二月号まで二一回にわたって『論座』に連載された後、『わたしの戦後出版史』としてトランスビューから刊行された。)

毎回二時間ほどお話を聞いた後に、近くの居酒屋で焼酎を飲みながらその延長での論議が続いた。松本さんは第一次安倍内閣を鋭く批判するとともに、当時の出版界にも実にシニカルで、それに対していまは亡き鷲尾さんが鋭くツッコミを入れる。松本さんが亡くなる直前まで手を入れ、病床で初校ゲラに目を通されたという、まさに遺書ともいうべき『いま、言わねば』を読み進めていくと、あの時の松本さんの肉声が蘇ってくるようだ。柔らかな語り口の中に、この時代と状況に対する激しい怒りが込められているのだ。

朝日新聞の「天声人語」に苦言を呈し、東日本大震災の後の復興支援ソング「花は咲く」を戦時下の臨時ニュースとともにラジオから流された「海行かば」の裏返しの歌だと断ずる。安倍首相が靖国参拝し「世界の平和と安定」を願うなどと現実の政治行動とは裏腹の美辞麗句と常套句をまき散らす鉄面皮を糾弾し、まず自国の戦争責任を直視して真の歴史認識を回復することだという。イスラエルでの安倍首相のスピーチ直後に、日本人二人が「イスラム国」に拘束され後に殺害されたのは、スピーチに対する報復だとも。アメリカ議会での演説で安倍はA級戦犯でもある祖父の岸信介を礼賛し、「国際協調主義にもとづく、積極的平和主義」を断固として貫き「この道しかありません」と宣言する。まるで戦争中、東条首相が「断固、大東亜戦争を完遂し、勝利する」と叫び続けたことが思い起こされたと松本さんはいう。

二〇一八年度から道徳が正式な教科に格上げされることから、戦中の「修身」の教科書を思い出し、「ひたひたと寄せてくる不吉な足音が聞こえる」と記す。原発事故後の福島に対する風評をとらえ「風評」=「噂」=「流言蜚語」がどんな災厄をもたらすかと、関東大震災の後に日本人が行った朝鮮人虐殺の残虐行為に思いをはせる。それはまた、九月一日の防災の日の名の下に隠蔽された歴史的事実ともつながる。

戦争中の徹底した「皇民化教育」で「愛国少年」に仕立て上げられたことへの痛恨の思いから、松本さんは「君が代」「日の丸」「万歳」の三点セットを、アジア諸国への植民地支配と侵略の象徴として徹底的に拒否する。村上春樹がドイツで文学賞をもらったときのベルリンでのスピーチで、「今、壁と闘っている香港の若者たちにこのメッセージを送りたい」と述べたことに対し、いま辺野古や原発や様々な壁にぶち当たり苦闘している日本の多くの人たちの現状に関心が無いのかと厳しい。さらにエルサレム賞をもらってイスラエルでスピーチした「壁と卵」をとりあげ、「堂々と壁を作った側から賞金をもらってくるとはどういう神経なのでしょうか」と痛烈に皮肉る。

それぞれは日付のある短い文章だが、朝日新聞やテレビの話題を取りあげながら、時代の暗雲に鋭い警告を発する。そして「いま、安倍一党独裁政権を倒す事こそが重要課題ではないでしょうか。「巨大な忖度の塊」を叩きこわすこと。それが、憲法「改悪」を阻止し、共謀罪を廃案にし、辺野古の埋め立てを中止させ、原発を廃棄し、二度と戦争への道を歩ませない道であることはあきらかです」と語る。

この本はまさに、生涯編集者であり全身編集者としての松本さんの、次世代に向けての遺言のように思える。未來社で三〇年、その後に影書房を創設して三二年、松本さんが親しく交流した多くの著者たちとあの世で再会し、杯を交わしているのだろうか。大先輩の編集者としての、松本さんが残された仕事の数々に感謝するとともに、心よりご冥福を祈ります。
この記事の中でご紹介した本
いま、言わねば/一葉社
いま、言わねば
著 者:松本 昌次
出版社:一葉社
以下のオンライン書店でご購入できます
「いま、言わねば」出版社のホームページはこちら
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