凍りのくじら 書評|辻村 深月( 講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年4月6日 / 新聞掲載日:2019年4月5日(第3284号)

辻村 深月著『凍りのくじら』

凍りのくじら
著 者:辻村 深月
出版社: 講談社
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凍りのくじら(辻村 深月) 講談社
凍りのくじら
辻村 深月
講談社
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白く凍った海の中に沈んでいくくじらを見たことがあるだろうか。


辻村深月の『凍りのくじら』は、このような一節から始まる。氷の中で段々と力を失い、深い海に沈んでいくくじらの姿が鮮明に浮かんでくる。

辻村深月は二〇〇四年にデビューし、『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞を受賞、さらに昨年には『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞している。今日本で最も勢いのある作家の一人と言っても過言ではないだろう。『凍りのくじら』は、辻村のデビュー作である『冷たい校舎の時は止まる』に続いて発表された、二作目の小説である。

本書の主人公は、進学校に通う女子高生・芦沢理帆子。読書家でありどこか冷めている彼女は、自身の頭の良さを自覚しつつ、周囲の人間を見下している。『ドラえもん』の作者である藤子・F・不二雄を敬愛する彼女は、藤子の『「SF」とは、「すこし・ふしぎ」な物語である』という言葉にならい、自分の周りの人間を「スコシ・ナントカ」で表す癖がある。例えば、合コンでいい男を探し求める友人のカオリは、「Sukoshi・Finding(少し・ファインディング)」であり、夫が失踪し、病魔に体を蝕まれている母の汐子は「Sukoshi・Fukou(少し・不幸)」であるといったように。そして、理帆子は自分自身については「Sukoshi・Fuzai(少し・不在)」と表現する。どこにいても誰といても、そこが自分の本当の居場所だと思えない。日常に息苦しさを感じながら生きる彼女は、夏のある日、「写真のモデルになってほしい」と頼む一人の青年と出会う――。

辻村深月の作品には、中学生~高校生を主人公とした、青春の苦さや日常の閉塞感を描いたものが幾つかある。なかでも『凍りのくじら』は、大人びていて達観しているように見えて、実は幼く傷つきやすい少女でもある理帆子の姿を、繊細な文章で描いた作品である。

「どこにいても誰といても、そこが自分の居場所とは思えない」という感覚を味わったことのある人は、実は少なくないのではないだろうか。特に多感な思春期においては、そういった感情を抱くことが多いように思う。青春の真っただ中で、母や友人など周囲の人々に愛され、それでもなお孤独を感じてしまう理帆子は、凍った海の中でもがくくじらのように痛々しく、見ている者の心を揺さぶる。そして本書を読み進めるうちに、いつの間にか読者は理帆子と同じように苦しみ、悩み、そして救われたいと願うのである。

辻村深月の作品は、どんなに残酷で不幸な出来事が登場人物に降りかかっても、それでも最後には、ほのかな光や希望を感じさせるものが多い。『凍りのくじら』の結末についてここでは言及しないが、青春の痛みや苦しみを容赦なく描いた本書すら、読了後にはじんわりと心が温かくなる。そして、散りばめられた伏線が回収される時、私たちは隠されていた事実に胸を打たれるのである。

『凍りのくじら』には、作家・辻村深月のルーツが詰まっている。『ドラえもん』ならびに藤子・F・不二雄への情熱と敬愛、青春の痛み、ミステリー要素と鮮やかに回収される伏線。まだ辻村の作品を読んだことのない人にも、また、直木賞や本屋大賞などを受賞した作品しか読んだことのないという人にもぜひ、本書をお勧めしたいと思う。
この記事の中でご紹介した本
凍りのくじら/ 講談社
凍りのくじら
著 者:辻村 深月
出版社: 講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
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