負債者はぜひ「加盟」して返済を ――サーバント・レンタルショップ化する「市民社会」――|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月7日 / 新聞掲載日:2019年4月5日(第3284号)

負債者はぜひ「加盟」して返済を
――サーバント・レンタルショップ化する「市民社会」――

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一時期の成長率と比せば最近はやや陰りを見せたにしろ、もはや「嫌・反」を喧伝する余裕がない――近年ではせいぜい「爆買い」を嗤う程度だったがいまやそれすらおぼつかず――と日本も認めざるを得ないほど経済大国化に成功した中国が、その権威主義体制下で領導する監視社会化を褒めそやす論調が稀なのは断わるまでもない。だが『Newsweek』での梶谷懐の連載「中国の「監視社会化」を考える」にあっても、AIとビッグデータを駆使した「アルゴリズム的公共性」の支配に関して他国を牽引するだろう中国の特殊要因などに言を費やしつつ、かくなる監視にもとづく公共性が「先進」資本主義諸国と縁遠いとはむろん見做されていない。それは現代の統治技術として幅広い範囲で極めて有力視されている功利主義と親和的なのであって、功利主義とパターナリズムにもとづく統治は中国に限定された趨勢でない。
それ故、官民それぞれのビッグデータ管理による「社会信用システム」の導入により、中国都市部が「行儀がよくて予測可能な社会」へと急速に変化したのなら、これを参照し、日本でも次のような制度が検討されうる。すなわち、然るべき設計によるアルゴリズムに即し「より道徳的なストレスの少ない」社会を導出すべく、AIだけでなくインドで成功している生体認証も利用して監視映像、経歴やカード利用記録、SNSへの投稿などの総合的データをもとに各人の日常を点数化し、マイナンバーに紐付けた「社会信用」のスコアを常時更新する。信用を損ねると解された言動――諸々の不正・迷惑行為等々――でその「格付け」を一定程度下げた者には相応のペナルティ――然々のインフラやサービスの利用制限等々――を科し、改善せず評価が下がるだけの場合段階的に公共圏から排除していく。かくして社会への適応と貢献が直接自己利益に反映される「お行儀がよい社会」にはシステマティックに、とはストレス/コスト・フリーで、規則に準ずる有益な「人類」が集う一方その内部から敵は半強制的に退出、または特定区域でのゾーニングへと誘導せられて、淘汰が成る。

前回本欄で論じた「普遍主義」における「内戦」――犯罪やテロの抑止の名のもと「人類」がそれぞれ挙って罪刑専断主義的に「アウト」判定、つまり犯罪者またはその予備軍の摘発や「通報」にいそしんでは、各種法整備や警察権力による罪刑法定主義の空洞化を「幸福と自由のトレードオフ」により、それと知らずとも後押しする傾向を多分に有する――を「アルゴリズム的公共性」で代替解消することは技術的に可能だろう。現在日本では中国のそれに脅えて見せる割合が高いとしても、梶谷も認めるとおり、足許で現に進行する監視管理社会化がほかならぬ「市民自身の欲望」により促進すらされているのであればなおさら、かくなる安心平和な公共圏への「普遍主義」の自壊は充分ありうる。そも手間やごたごたを伴う闘争にあって仮にKeep clean efficientlyが旗印となるとすれば、それは反動でしかない。


ところで、一般的な見解として「先進」諸国ほど中国は「進歩的」でないにもかかわらず覇権を争う資本主義大国であるのは疑いえないことと、梶谷が連載の枕でも触れていた講座派市民社会論がいまや耐用年数を切らして映ることとは関係がある。講座派において資本主義の発展を支える市民のエトスを探求する場合、それは近代化――民主化の含意もあった――のエトスとも重ねられており、資本主義と民主化の進展は併行して捉えられていた。中国における資本主義の成功を偽物のごとく見る向きは、この併行関係が崩れたことに躓いている。

だが、日本にあって民主化を担うと想定された市民のエトスの失効は現代の資本主義とかかわる必然でもある。そも民主化のかなめでもある市民社会からして産業資本において市場が一定規模の生産過程を従属‐包摂して以降、商人が資本家‐市民として社会的再生産を担う限りで形成されてきたフィクションだとして、もはや資本はこの任を引き受けない。市民(ブルジョアジー)が増殖しゆく剰余価値の実現の保証を得るべく、囲い込んだ労働力の再生産及び購買力の保証のため全体的かつ実体的な底上げに関心を寄せた時期は過ぎ、資本は労働者の福祉国家的囲い込みを緩和し、社会的再生産への配慮からみずからを解放した。しかしそれは資本主義から独立した外部が創出されたことを意味しない。沖公祐『「富」なき時代の資本主義』(現代書館・2019)が記すとおり「共同体(社会)内の債権・債務関係が換骨奪胎されながら市場のなかに移植され〔…〕貨幣という形に組み替えられた」とすれば、資本は生産過程や共同体に対し「信用を与えるgive credit」債権者の地位を決して手放さず、共有財を囲い込むなど不断に捻出すらするからだ。かつての市民社会は資本にとって融資やレントその他で債務を負わしめ、生産過程を下請けないし外部委託する場――つまり「下」もしくは「外」――と化す。金を回収する債権者が負債者の金策模様に興味ないのと同様、サブプライム・ローンを回顧するまでもなく、総体的に資本は債務者がいかに信用に応えるか、あるいは一方にのみ柔軟性が確保された不均等な契約を結んだ外注先がいかにノルマやタスクを熟すかなど配慮せず、期日の「上がり」を請求する。

労働者はいまや、かつては労働力の売買で譲渡されなかった諸力まで――松本潤一郎『ドゥルーズとマルクス 近傍のコミュニズム』(みすず書房・2019)の言でいえば「生きていること自体がレンタル可能な元手(資本)となるこの次元で」――際限なく資本の統制下に置かれていくサーバントへ変貌しつつあると沖は指摘する。正規雇用の「社畜」のみならず「技能実習生」に至るまで、低賃金ないし無償で字義どおり資本に肉体的、精神的、情動的なサービスを供する彼/女らはおなじく字義どおり市民と見做されるべくもない――むろんサーバントにも階層があり、個別には「外/内」が折り重なっているとしても――。

現代のサーバントのタイプとしては、例えばコンビニエンス・ストアで働くオーナーやアルバイトを挙げることができる。コンビニの無人化が進むとしても、社会または公共圏がコンビニ化ないしチェーン店化する。例えば「アルゴリズム的公共性」の支配に対し、これをメタレベルで制御し補完する「市民的公共性」の必要が訴えられる。だがそこに債務を科し下請け等の委託先を見出す資本(本部)が社会(加盟店)を従属‐包摂するなら、ここで市民とはいかなる立場に拠る者の謂いなのか? 資本に最適化したアルゴリズムのもとで、サービスを委託された個人事業主や非正規雇用者ら企業家が管理され、指定されたノルマを熟せなければ巨額の違約金または/そしてそれに匹敵するペナルティが科せられる一方、50円分コーヒーをちょろまかした者が大々的な報道に晒され、不起訴となるにしろ20日に亘り警察に拘留または/そしてそれに匹敵するペナルティを科せられるとすれば?

付記しておけば、レンタル可能な元手としての生の「時間外労働」に対する不公正な未払いの対価――例えば資本がそれらを収集して莫大な利益を得る個人データの提供(レンタル)料含む――が、資本の代弁者も推奨するベーシック・インカムで補填されたとしても、松本が指摘するとおり、資本主義であるかぎり資本主義における公正の只中に剰余労働が、したがって搾取が強化して回帰する。レンタル料を払って余りある利潤を確保しなければ資本は破綻するからだが、加えて、みずからの信用を維持するのに不可欠な剰余価値の実現のためのその生産を資本が「下」に外注する――「信用を与える」――ことで、賃労働の公正さに、剰余労働により資本の信用を支えることを負債の返済として意味づける道徳が覆い被さり、労働者はサーバントへと疑似的に「外」化される。このとき、ではいかなる主体を構想できるか?(ながはま・かずま=批評家)

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