ピケティ以後 経済学と不平等のためのアジェンダ 書評|ヘザー・ブーシェイ(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月13日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

ピケティ以後 経済学と不平等のためのアジェンダ 書評
『21世紀の資本』が与えた広範な影響
――二四人の研究成果の集大成――

ピケティ以後 経済学と不平等のためのアジェンダ
著 者:ヘザー・ブーシェイ
翻訳者:山形 浩生、守岡 桜、森本 正史
出版社:青土社
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経済学の書物としては異例のベストセラーとなったトマ・ピケティ著『21世紀の資本』。いまや世界三〇カ国で、二二〇万部が出回っているという(二〇一七年の時点)。日本で邦訳が刊行されたのは約四年前の二〇一四年一二月であったが、以来、さまざまな解説書や関連書が出版され、一大ブームを巻き起こしてきた。

その後ピケティの理論は、専門家たちによってどのように評価されたのであろうか。本書は二四人の執筆者が、各方面から『21世紀の資本』を批判したり拡張したりした研究成果の集大成である。二〇一五年にイタリアで開催された国際学会の成果から生まれたものだという。本書を読むと、ピケティが学界に与えた広範な影響を一望できるだろう。

『21世紀の資本』でピケティが主張したのは、次のような事柄だった。第二次世界大戦後、一九四五年から一九八〇年頃にかけての先進諸国は、「社会民主主義」の体制であったといえる。この時期はどの国も比較的平等な社会であった。しかし当時の平等は、戦争によって例外的にもたらされたという側面が強い。戦争がなければ、二〇世紀においても、経済格差は広がっていったであろう。

いずれにしても、二〇世紀の終わりごろから経済格差は広がっていった。格準は、二〇世紀初頭の水準にまで戻ってきた。現在、最も裕福な一%の人々の所得は、アメリカでは全体の二〇%、ヨーロッパ諸国では全体の一〇%、北欧諸国では全体の七%にまで、それぞれ達している(二〇一〇年の段階)。北欧諸国を含めて、経済格差が広がっている。

とはいっても富者たちは、所得を資本収入から得ているわけではない。データによれば、富者たちは主として労働によって所得を得ている。この点には注意が必要であろう。資本があたかもそれ自体の運動によって富者を創り出しているという風には言えない。では何が問題なのかといえば、ピケティが問題視するのは、富の「相続」である。所得の格差よりも、相続される資産の格差が、いっそう深刻である。かかる格差を解消するために、ピケティはあらゆる資産に課税するという「資産税」のアイディアを提起したのであった。

ではピケティの理論と政策案は、どこまで有効なのだろうか。驚くべきは、本書の編者たちも指摘するように、ピケティに対する批判の中身があまりにも薄いという点である。批判は膨大であるが、それらを総括してもあまり実り豊かなビジョンにはいたらないという。ピケティの本は、論争的であったわけではない。『21世紀の資本』は、経済格差の現状を歴史的に壮大なスケールで報告したのであり、その成果はまずもって称賛されるべきなのであろう。その一方で彼の政策提案は、あまり真剣に受け止められなかったようにみえる。あらゆる資産に課税するという彼の案は実効性に欠けるからである。問題は深刻であるが、実効的な政策が見当たらない。

おそらくピケティの理論をめぐる評価は、今後の世界経済のパフォーマンスに大きく依存するように思われる。ピケティによれば、二〇世紀の中葉(「社会民主主義」の時代)においては、総民間資産(「富」)と年間所得の比率は三倍程度であった。「ベルエポック(善き時代)」と呼ばれる一九世紀後半においては、その比率は六倍であった。二一世紀にはおそらく、この比率がベルエポックの時代まで戻るであろうというのがピケティの予測である。しかし「富」と「年間所得」の比率の上昇は、はたしてピケティが挙げる諸力によるものなのか。また「富(資産)」の格差は、「富」と「年間所得」の比率上昇に基因するものなのかどうか。こうした問題は、これから例えば五〇年をかけて、私たちが各国の経済パフォーマンスを観察しつつ実証していくほかないであろう。

ピケティは、二〇世紀後半の先進諸国における平等が、戦争という例外的な条件によってもたらされたと考えた。しかしクリストファー・ラクナーの分析(第一一章)によると、世界全体を見わたせば、二〇〇〇年代以降も、全体として所得格差が縮小している。というのも急速に発展する途上国においては、大規模な中間層が形成され、所得の平等が達成されているからである。この事実から推測すると、二〇世紀後半における先進諸国の平等も、戦争によって例外的にもたらされたのではなく、近代の産業化それ自体によってもたらされた可能性がある。平等化は、産業化のプロセスと関係しているのかもしれない。この点についても、さらなる検証が必要であろう。

他方で規範的な観点からみると、「経済格差はなぜ悪いのか」という根本問題がある。例えば経済格差があっても、人々のあいだに「機会の実質的な平等」があり、最も恵まれない貧しい人たちの生活水準が上昇していくのであれば、それほど悪くないと言われるかもしれない。おそらく問題は、そのような社会が本当に実現するのか、という点であろう。

アン・ケースとアンガス・ディートンの研究によれば、一九九九年から二〇一三年にかけて、中年アメリカ人の自殺や薬物過剰摂取による死亡率はきわめて増大したという。また「富」が世襲される社会では、経済における創造的破壊が生じにくいため、発展それ自体が殺がれるという問題もある。例えば低所得層の人々は、自分自身や子供、あるいは事業に投資するインセンティヴを殺がれてしまうかもしれない。もしそのような状況が生じるなら、経済格差は、経済成長の観点からみても決して望ましくない。ピケティは、必ずしも格差のない平等な社会が望ましいと言っているのではない。このまま経済格差が広がり続けると、経済全体が停滞するかもしれないということを危惧するのである。この停滞の問題をどこまで敏感に受けとめるかどうかが、ピケティを評価する際のポイントになるだろう。

楽観的に捉える立場もある。第八章のマイク・スペンスとローラ・タイソンの論文は、そもそも「富」として計上される「土地」や「工業資本」は、二〇世紀においては分配の対象として重要であったものの、二一世紀の経済においては、それほど重要な要因ではないとみている。この種の富の格差は、もはや新しい生産様式の資本主義においては、経済成長を塞ぐ要因にはならないというのである。

さらに興味深いのは、第七章のニールセン論文である。ニールセンによれば、ピケティはこれまで経済学者たちが「人的資本」と呼んできたもの(身につけた技能のストック)も、彼の理論の「資本」のカテゴリーに含めるべきだという。ピケティは、「資本」のカテゴリーに人的資本を含めず、そのために、親が子へ人的資本のかたちで伝える富(教育投資)を見過ごしてしまった。むろんそのような人的資本は、金持ちの人ほど自分の子どもに投資できるので、世襲される富の格差は、かかる人的投資によって拡大するだろうと予想される。実際、ピケティは本書に所収された「応答」論文のなかで、そのように想定している。

しかしニールセンによれば、富の世襲によって階層間移動が停滞することを示すよいデータは存在しないのだという。残念なことに、この分野のデータはかなり不備で、明確なことが言えない。そこで現在、平等主義者も非平等主義者も賛成できる政策は「早期児童教育」であり、ピケティのいう資産税ではない、というのがニールセンの主張である。ニールセンによれば、重要なのは格差の拡大そのものではなく、格差社会のなかで、人的資本の形成と階層間移動の確保が同時に達成されるような社会である。そうだとすれば、重要なのは階層間移動を計測するための精緻な統計調査を、いち早く充実させることではないだろうか。かかる統計分析の進化は、格差問題の解決に大きなインパクトを与えるだろう。

この他、経済に関するさまざまな格差が、どれだけ経済の安定性や成長を阻害するものなのかについて、サヴァトーレ・モレッリの論文(第一七章)は総合的に検討している。だがその結論は微妙なものであり、今後の研究に期待を抱かせるものである。

ピケティの理論と政策には批判もあるが、批判者たちの批判もまた評価されなければならない。問題は格差に対する私たちの公正感覚である。ピケティは格差がどんどん広がっているというが、ではどの時点で格差を拒否すべきなのか。にわかには格差を全否定することはできないであろう。しかしピケティ理論が私たちを震撼させるのは、格差をめぐる私たちの規範の意識それ自体も、長期的にみれば資本の運動を通じて変化してしまうとみなす点にある。この点でピケティは、下部構造によって上部構造が規定されるというマルクスの発想を受け継いでいるのであり、私たちの規範意識を揺るがすほどの「理論」を提起したのである。本書に収められた批判者たちの諸論文を読んで、私はこの点にあらためて気づかされた。
この記事の中でご紹介した本
ピケティ以後  経済学と不平等のためのアジェンダ/青土社
ピケティ以後 経済学と不平等のためのアジェンダ
著 者:ヘザー・ブーシェイ
翻訳者:山形 浩生、守岡 桜、森本 正史
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ピケティ以後 経済学と不平等のためのアジェンダ」出版社のホームページはこちら
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