D・H・ロレンスと雌牛スーザン ロレンスの神秘主義をめぐって 書評|ウィリアム・ヨーク・ティンダル(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月13日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

雌牛スーザンを象徴として
ロレンスの『羽毛のある蛇』論

D・H・ロレンスと雌牛スーザン ロレンスの神秘主義をめぐって
著 者:ウィリアム・ヨーク・ティンダル
翻訳者:木村 公一、倉田 雅美、小林 みどり
出版社:春風社
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D・H・ロレンスは二〇世紀英国を代表する作家だ。長・短編小説、詩、評論、五〇〇〇通を超える書簡を合わせると全作品はケンブリッジ版で約五〇巻におよぶ。

本書ではロレンスの絶筆『チャタレー卿夫人の恋人』の前に書かれた『羽毛のある蛇』(一九二五年出版)が論じられている。本作品はロレンスの第三期と言われる『アロンの杖』(一九二二)、『カンガルー』(一九二三)に続く長編である。ロレンスの第三期はリーダーシップ小説と言われる。男女間における、女性の個の確立を考察した第二期の『虹』(一九一五)と『恋する女たち』(一九二〇)はフェミズムの嚆矢の役を果たしていて、高い評価を得ている。だが第三期の作品は政治や社会改革におけるリーダーシップ確立をテーマにしていて、男性の優位を強調しすぎているがゆえに、反動的であるという評価だ。ロレンス自身は、『羽毛のある蛇』を一番好んだ。ティンダルも本書を傑作としている。以下でその根拠をみよう。

ロレンスは一九三〇年に病没したが、社交性に欠け、唯我独尊的な彼の人柄にもよるのだが、それ以降約二〇年間は毀誉褒貶に富む伝記であふれる。本格的な研究は五〇年代まで待たねばならない。だが、本書は早くも一九三九年に出版された。難解な『羽毛のある蛇』は背景にある思想的背景を理解しないと作品の核心には迫れない。ティンダルはロレンスの伝記をふまえて、特に思想の側面から論じて、八〇年後の現在でも通じる第一級の研究書に仕上げた。難解という理由は、ロレンスが神智論を筆頭に、精神分析学、心理学、人類学などのそれまで渉猟した思想書から受けた知識に自らの解釈を入れて、しかも象徴的手法で作品にしたからだ。著者のティンダルは該博な知識とロレンスが読んだ書物に徹底的にあたる。特に神智学の創始者のヴラヴァッキー夫人と継承者のアニー・ベサントの思想を『羽毛のある蛇』と徹底的に比較検討して、個性の強いロレンスが取捨選択したり、自己流に解釈したところを明らかにする。

その結果、ティンダルはニューメキシコ州のサンタフェ郊外のデルモンテ牧場の裏庭でロレンスが飼っていた、本書の表題となっている雌牛スーザンを彼の思想の象徴として位置づけた。それではスーザンは何の象徴か? ロレンスの作品は道徳的、精神的訓話を伝えることをもくろんでいる。周知のことだが、ロレンスは自分の宗教は血を信じることであり、肉体を知性よりも賢明だと自任していた。彼は生命主義者であり、アニミズム信奉主義者であるので直観を信頼する。彼は原始宗教的、汎神論的、性的で本能的な神秘主義的傾向を持つ。つまり、反理知主義、科学への嫌悪、反物質主義、反資本主義の姿勢をとる。ロレンスのアニミズムを最もよく表現しているのが『羽毛のある蛇』であり、前述したブラヴァッキー夫人の神智学の著書『シークレット・ドクトリン』で説かれている神話と象徴に依拠して、失われたアトランティスを回復するという主題だ。  主人公ドン・ラモンは指導者として、ノアの洪水以前のアトランティス大陸の時代の記憶がひそかに眠っているメキシコ人に、太古の真実を表す象徴、ケツアルコアトル(羽毛のある蛇)信仰によって、再び太古の世界の生命に満ちた世界を取り戻そうとするのだ。その際、ラモンは雌牛崇拝に立脚して世界を安全にし、国の軍隊をも統制する。メキシコ人達は宗教的超人であるラモンに従う。『羽毛のある蛇』は現代における原始主義の見事な例であり、ロレンスの最高の小説だというのがティンダルの説である。名著であるが難解な本書を訳された労を多としたい。
この記事の中でご紹介した本
D・H・ロレンスと雌牛スーザン ロレンスの神秘主義をめぐって/春風社
D・H・ロレンスと雌牛スーザン ロレンスの神秘主義をめぐって
著 者:ウィリアム・ヨーク・ティンダル
翻訳者:木村 公一、倉田 雅美、小林 みどり
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
「D・H・ロレンスと雌牛スーザン ロレンスの神秘主義をめぐって」出版社のホームページはこちら
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