田原総一朗の取材ノート「新元号「令和」」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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田原総一朗の取材ノート
更新日:2019年4月16日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

新元号「令和」

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新元号が「令和」ということになった。

菅官房長官が発表した直後は、私は強い違和感を覚えた。「和」はともかく、「令」は、命令の「令」であり、指令の「令」だから、である。

自由、解放などとは逆の意味あいを感じたのだ。

もっとも、万葉集の梅花の歌の序文から採られたことがわかって、「初春令月、気淑風和」、つまり「初春のこの良い月に、気は良く風はやわらか」という意味だと知って、なんとか納得はしたが。

それにしても、これまでは、いずれも中国の古典を典拠としてきたのだが、二四八回目になる今回、はじめて日本の古典「万葉集」から採られたのは、日本の主体性ということを重んじたいという、安倍首相の姿勢が示されているのではないか。

ところで、どの新聞、テレビも、なぜ元号が必要なのか、という論議を行なっていない。

元号は天皇制と深く結びついている。最初の元号は「大化(六四五年)」で「大化の改新」、つまり天皇を中核とする体制が構築された時代である。そして天皇を中核とする時代を区分するために新元号がつくられ、明治からは、天皇の一世一元号となった。

特に明治以降、天皇は日本にとって絶対的な存在となった。

だが、敗戦によって、主権は国民が持つことになり、天皇は象徴ということになった。

そして、一九六〇年代までは、天皇という存在を持続すべきかどうか、という論議が、マスコミでも行なわれていたのである。

私の意識の中に、平成という元号はない。

マルタ島で米ソ首脳会談が行なわれて、事実的に冷戦が終ったのは、一九八九年で、日本のバブルが弾けたのは一九九一年、東電福島の原発事故は二〇一一年、そして安倍氏が再度首相になったのは二〇一二年で、トランプ氏が大統領に当選したのは二〇一七年である。

敗戦まで、日本では西暦が使われていなかったので、昭和の時代は昭和〇〇年と記憶しているが、現在日常生活では元号は必要ない。 

それなのに、なぜ、政府は元号にこだわるのだろうか。(たはら・そういちろう=ドキュメンタリー作家)
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