中平卓馬をめぐる 50年目の日記(2)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年4月16日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(2)

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行ったところは有楽町のジャズ喫茶だった。

だが店に入ってすぐ、コーヒーを急いで飲んだ中平さんが「やっぱり出よう」とせきたてた。そして近くの居酒屋に入り直した。私は、ああすぐにジャズの店を出たのは、ジャズ喫茶は「会話禁止」なので話をしたいためだったんだな、と気がついた。

居酒屋で中平さんはジャズの話をし始めた。しかし誰でも知っているような有名なミュージシャンの名前も知らなかったものだから私はその饒舌に相づちもうてない。だから思い切って「恥ずかしいんですがぜんぜん知らないので分かりません。少しなじもうと努力したことはあったんですが」といってやめてもらった。
「ああそうか、ごめん。なんかジャズに詳しそうだったから。それともあれかな、ジャズ喫茶に合わなくてっていうクチなんじゃないの」と図星を指された。

その頃の私は進学のための上京後、志望校に入れなかったから別の大学に籍を置いて、しかしほとんど通学をせず、浪人のつもりで御茶ノ水にある予備校の方へ繁く通っていた。御茶ノ水といえばのどかな名前の「純喫茶」が林立しそのはざまには小ぶりだが玄人好みだといわれていたジャズ喫茶もあったので、ジャズに近づきたくそういう所へも行っていたが、あの独特な排他的雰囲気、常連からの冷ややかな視線がいやできっかけを失ってしまっていた。
「そうなんだよね。あれがねえ。…じゃあジャズの話はやめよう。映画はどうなの?」
「映画は好きです。映画の方へ進みたいと思っているので」
「ぼくもそうなんだ。映画をとろうと思ってるんだ。最近はなにか見た?」
「『5時から7時までのクレオ』。去年東京へ来て最初に見た映画です。それと最近は『長距離ランナーの孤独』。キネ旬ふうにいうとこれが今年の一番だと思っています。」

中平さんはしばらく黙って顔を下に向けてコップを見つめ、
「いいね。その通りだよ。まったくいいね。ぼくも同じだ」
と上機嫌になった。

かれが上機嫌の時は、少し皮肉っぽくにやりと唇を横に延ばしそして人なつっこい目で笑うのだ。
「あの青年の不格好な走り方、来賓席の所長を見やる目つき。世界に穴ぼこの一つもつくってやるぞって感じのあの荒れた呼吸のあの表情ね」
「でもアートシアターの上映前の時間、終わって灯りがともって出て行くときのあの感じがどうも…」
「ジャズ喫茶と似てるよね。オレだけがこの映画の意味を分かる、きっとおまえたちにはわかんないよって感じの顔をして始まるのを待ってるでしょう?スノッブばかりだよ、アートシアターは。でもいい映画がかかるから行かないわけにはいかないしね。

『5時から7時までのクレオ』は自分がつくった映画みたいな感じだった。いやカメラがねえ、次はあそこをうつす、そしてこんどは歩道に舞うビラだ、って自分が思うこととまったく同じに動いてゆくんだ」

中平さんは、映画の中のシーンだけを取り出して話が弾んだ。ストーリーの意味につながるような話はまったくしない。いつもそうだった。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)

    (次号につづく)
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