文化資源学研究室 木下直之氏×渡辺裕氏最終対談 「ふたりのなんだか気になる風景」 (於:東京大学本郷キャンパス法文二号館一番大教室)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月12日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

文化資源学研究室 木下直之氏×渡辺裕氏最終対談
「ふたりのなんだか気になる風景」
(於:東京大学本郷キャンパス法文二号館一番大教室)

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 三月十五日、東京大学本郷キャンパス法文二号館一番大教室で、文化資源学研究室の木下直之教授と渡辺裕教授による最終対談「ふたりのなんだか気になる風景」が行われた。木下氏は文化資源学研究専攻創設時から、渡辺氏は草創期から美学芸術学と兼任でともに文化資源学研究室を牽引してきたお二人が今年三月をもって退任するにあたり、「一度一緒に授業をしてみたかった(木下氏)」という望みをかなえた形で、文化資源学という学問について、美術と音楽について語り合った。     (編集部)
第1回
私の盛衰記/文化資源学研究室とともに歩んだ二十余年

――最終対談に先立ち、木下直之氏より、一九九七年から二〇一九年にかけての「文化資源学研究室とともに歩んだ二十余年」が、配布資料の記述に沿って語られた。
㊧木下直之氏、渡辺裕氏


◆私の盛衰記:先史時代1997―2000
木下 
 私は兵庫県立近代美術館に一九八〇年から十六年半勤め、そこから東大の総合研究博物館に九七年に移りました。美術品しか並べない美術館は窮屈に感じていましたから、博物館への移動に意義を感じていました。美術館より博物館の方がはるかに間口が広いと思っていたからです。そこには三年いて、「博士の肖像展」(一九九八年)と「ニュースの誕生展」(一九九九年)という二つの展覧会を企画しました。

扱う対象は、片や肖像画や肖像彫刻、片やかわら版や新聞錦絵と大きく異なりましたが、どちらも東大の構内で注目されないまま眠っていたものであり、それらに光を当てることは、結果的に文化資源学をすでに始めていたのだと思います。



◆私の盛衰記:文化資源学前期2000―2004/文化資源と資源ゴミ
木下 
 二〇〇〇年に文化資源学研究室が誕生し、思いがけず博物館を離れ、人文社会系研究科に移りました。文化資源学とは何かを説明する時によく「資源ゴミ」にたとえました。「文化資源」は造語であり、ほとんど誰も使っていませんでしたからね。

実は、ゴミの世界は言葉について考えるだに奥が深い。写真はこの教室の前の廊下に置かれたゴミ箱です。燃やさないゴミ・燃やすゴミ/燃えないゴミ・燃えるゴミと主語が変わっている。燃えるゴミとなると自然に発火しそうだし、燃やすゴミとなると火をつけたくなる(笑)。ゴミをどう分類するかは地方自治体にとって大問題です。

ちょうど文化資源学研究室が誕生したころ、世の中では「資源ゴミ」という言葉が盛んに使われていました。ゴミを資源に変える行為を文化資源学にたとえ、どこにいってもゴミ集積所の写真を撮っていました。分かってきたのは、資源ゴミという言葉が死語になりつつあるということです。考えてみれば資源ゴミという言葉自体が矛盾を孕んでいて、まだ使えるゴミというものに価値を与えた瞬間にそれはゴミではなくなる。それまで気づかなかったものに価値を与える、活用することが文化資源学だとすれば、それはゴミを資源に変えることではないか、最初の頃はそんな説明をしていました。


◆私の盛衰記:文化資源学中期2004―2009
木下 
 文化資源学研究室の歴史では転機が二度ありました。八人の教育研究体制で、文字資料学(文書学、文献学)/形態資料学/文化経営学の三専門分野四専攻でスタートしました。そして初めて修了生を送り出した〇二年に学会を立ち上げて今日に至っております。最初の十年間はさまざまな領域の先生に加わっていただき体制を固めた時期でした。そのころは文字資料学に重きが置かれ、形態学、文化経営学という並びだったのです。言葉と形の世界に通じてはじめて文化経営が成り立つのだという説明をよくしていました。当時の文学部では、経営という言葉に拒絶反応を示すひとたちがいたようですね。ところが、途中で渡辺さんが加わってくれたことで音の世界が加わり、言葉と形と音だと言うようになりました。私が美術の造形表現、古井戸秀夫さんが歌舞伎を中心としたパフォーミングアーツ、渡辺さんが音楽という形で芸術の分野を広くカバーできる体制が五年目ぐらいから整いました。神田祭の復元プロジェクトを始めたのはそういう時期です。


◆私の盛衰記:文化資源学後期2010―2018・晩期2018―2019「すわ胃がん退職か」
木下 
 次の転機は二〇一五年の改組です。新しいメンバーも加わってきたことで文字資料学コースを廃止し、文化資源学コースと文化経営学コースにまとめた。文字資料学には学生が集まらず、逆に文化経営学に集まり、軌道を修正せざるを得なかった。そして、晩期ですが、これはあくまでも個人的な晩期。昨秋胃がんが見つかり、十一月に胃の三分の二を切除しました。これで「胃がん(依願)退職」だなと思いましたけれど、幸いに今月末をもって満期退職を迎えることができそうです(笑)。
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