対談=立岩真也×天田城介 病・障害から社会を描く 『不如意の身体』『病者障害者の戦後』(青土社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年4月12日 / 新聞掲載日:2019年4月12日(第3285号)

対談=立岩真也×天田城介
病・障害から社会を描く
『不如意の身体』『病者障害者の戦後』(青土社)刊行を機に

このエントリーをはてなブックマークに追加
第4回
でも社会の中での優先順位がどうかは書ける

立岩 真也氏
立岩 
 個々の痛みそのことについては語りにくいけれど、社会の中でのウエイト付けや優先順位については書ける。あるいは、できないことと痛いこととのウエイト付けが、社会の中で変わってくるということは言うことができる。例えば熊谷晋一郎さんの『リハビリの夜』には、簡単に言うと、痛いのを我慢してできるようになることを求められてきたことが書かれています。リハビリには「痛い」という契機と、「できるようになる」という契機があって、できるようになることの方が、痛いということより大切だという、そういう営みとして、ある種のリハビリがあった。

リハビリを全面的に肯定する話も、否定する話もつまらない。そしてさらに、どちらとも言えないという話はさらにつまらない。こういうところは受け入れがたいとか、ここまでは認めてもいいとか、もっと精度の高い話をしたいわけです。

そのために、リハビリをすることの中にある要素を愚直に数え上げて、そのウエイト付けが、社会の中でどうなっているのかを記述する。そういうシンプルな道具立てが必要ではないかと思っているのです。
天田 
 痛いこと、できる/できない、治る/治らない、かかるコスト……等々、区分をどう数え上げ、それをめぐってのウエイト付けと、そこにどんな利得と損失が働いているのか、まずそこから整理しよう、ということですよね。しかし数え上げたところで、同じ天秤に乗らないという側面もあると思うんですよ。
立岩 
 できるということと、痛いということは、質が違いますからね。そもそもどちらが大切かと問われても困る。でも、同じ一つの身体の中に埋まっているものなので、場合によっては、どちらかを優先せざるを得ないということになる。しかも厄介なのはその優先順位が、本人にとってと、他人にとってで、違うということです。リハビリをさせられる本人は痛い。周りの人たちは当人は痛いだろうとは思うけど、実際に痛いわけじゃない。そこは大きく違うわけです。そういう非常に単純なことを踏まえておかないと、どうしてリハビリを忌避した人がいたのか、治らないのに続けざるを得ない人がいたのか、そういう一つ一つについて、きちんと考えられないと思うんです。
天田 
 立岩さんのように、基本的な位置に立って始める仕事は――あまりないのですが――社会学の大事な仕事であると思ってます。

できないことは、他者や機械の補いで可能になることもある。でも痛いことは代わってあげられない。その前提を示した上で、社会一般のウエイト付けがどうなっているかという話と、そもそも同じ土俵で語るべき話なのか、別の種類の利得と損失であるにも関わらず、なぜ二者択一を迫られるのか。なにゆえ同じ天秤に乗ってしまうのか。なにゆえ選択を迫られ、踏み絵を踏まされるのか。立岩さんは、そうした仕組みや価値が、この社会の中でいかに構成されたのか、その中身を詳細に見つつ、社会の構築してきたものの要素を解き明かしていきます。

この二冊がセットだというのも、本来両方向から見ていかなければいけないことで、手間はかかるけれど根本から解きほぐせばロジカルに言えることがある。それが語られることなく、分断されたまま歴史を重ね、知られるべきことが知られずにあった結果、国立療養所は、あるいは我々の社会はこうなりました、という話になる。この二方向を押さえないと、二冊の本を、丁寧に読み解くことにはならないんです。
立岩 
 成り立ちというのか、本を書いた思いは、そんな感じだったと思います。

おまけのエピソードとして、『生の技法』という本になった調査をした、八〇年代半ばから終わり、『こんな夜更けにバナナかよ』に登場する鹿野靖明さんの短文を読んでいるんですよね。でも鹿野さんが同世代で、二つしか違わないと、当時は気づかなかったのね。そしてその人は、僕が生きてきた数十年手前に亡くなっている。鹿野さんの場合は、渡辺一史さんが本にしてくれて映画にもなったけど、僕が今度の本で書いた高野岳志さんや、福嶋あき江さんのことは、そばにいて彼らに関わった人でないとほとんど知らない。彼らも僕の同世代で、八〇年代に国立療養所を出て、その後一人で千葉で死んだり、埼玉で死んだりしている。それって何よって。何かそういう思いがあるんだよね。

それでも彼らはまだ字が書ける人たちで、文字として残されたものがある。福嶋さんも高野さんもその人生は短かったけれど、最期の数年間に書きものを残しています。が、それは例外的なことで、残るようなかたちでは何も語らずに、逝った人がたくさんいます。
今回の本を書きながら思っていたのは、結局僕は言葉になっているものを再構成して、言葉にし直しただけとも言える、ということです。
天田 
 あるものからしか書けないけれど、ないものをどれだけ思考するかということですよね。
立岩 昨年、福嶋さんが埼玉に暮らしていたときに、埼玉大学の学生で、以来地域で活動していた佐藤一成さんにお話をうかがうことができました。島田療育園で働いていた石田圭二さんたちにもうかがいました。いまのうちに聞いておかねばというような、単純な動機も、この本の元になっていると思います。

島田療育園での脱走事件の顛末も初めて知りました。三十年前に、島田療育園を出て暮らそうとした斉藤秀子さんという女性がいるのだけど、それに関わって解雇させられた石田さんはいまでも多摩で障害者支援活動を続けていました。

重心(重症障害児)の施設とされたところも、当初は知的にも身体的にも極めて重度という人ばかりが収容されていたわけではありません。

ただそんな事件もあり、また事故で人が死ぬなどガタガタになっていた島田療育園を立て直しに入った、ある種有能な施設長が、出たい人、出られる人は出てよい、という方針を出したのだそうです。その流れの中で斉藤さんは、身体障害者福祉法でいうところの療護施設に移って、十数年後に亡くなったそうです。物を書けたり、話せたりする人は出ていった。結果、物を言えない人だけがそこに残ることになりました。

まず一つ、いろいろな人がいることが、都合のよい方に一色にさせられることがあります。園は斉藤さんの脱走について、知的障害ゆえに、その行いは本人が主体的に行ったものではなく、反主流派の施設職員がそそのかして連れ出したと主張し、斉藤さんを連れ戻しました。いまでも、ついこの間も、本人に知的障害があるからということで、本人同意では記録を見せられないといった旧国立療養所がありました。その人はフェイスブックなんかやってる人なんですが。

同時に一つ、他方で本当に話せない書けない人だけがいるという空間はあります。そのようになった経緯もあります。今回の本に重心の人たちのことを書いたかといえば、書いていないんです。書けないからです。この語れなさには、とても難しいところがあります。そしてその沈黙を、わずかに残された別の言葉から語り得るのか。その難しさを感じないわけではない。
天田 
 でもそれ以外にやりようがないですからね。
立岩 
 そう、当然バイヤスも出てくるし、おじけづきたくなる気持ちもあるんだけど、他にはやりようがないと感じながら書いています。黙してしまうのではなく、これしか残されていないというコンテクストも含めて、提示することはできるし、やるべきだと思う。ただ気をつけないと、病・障害者の中でも、先駆的だったり、元気だったり、発言力がある人たちの物語が、全体を語ることになってしまうのは、違う。一方それがマジョリティではないからといって、無視していいものでもない。そのせめぎ合いは、厄介でもあるけれど、僕にとっては面白いんです。
1 2 3 5 6 7
この記事の中でご紹介した本
不如意の身体 -病障害とある社会-/青土社
不如意の身体 -病障害とある社会-
著 者:立岩 真也
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
病者障害者の戦後 -生政治史点描-/青土社
病者障害者の戦後 -生政治史点描-
著 者:立岩 真也
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「病者障害者の戦後 -生政治史点描-」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
天田 城介 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 社会学関連記事
社会学の関連記事をもっと見る >