哲学者とその貧者たち 書評|ジャック・ランシエール(航思社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年4月20日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

哲学者とその貧者たち 書評
不平等の再生産に抗して
現代社会学の無自覚を暴く

哲学者とその貧者たち
著 者:ジャック・ランシエール
翻訳者:松葉 祥一
出版社:航思社
このエントリーをはてなブックマークに追加
フランスで大きなデモや社会的事件が起きるたびに、当事者やメディアは、ランシエールならどう言うだろう、と、彼を引っ張り出そうとする。最近では経済政策への不満に端を発して政権打倒運動にまで発展している「黄色いベスト運動」の集会現場で、その黄色いベストを着て発言する彼の姿があった。彼はけっしてスター文化人ではなく、運動や事件へのスタンスの取り方も様々であったけれども、政治問題化するなにかが起きるたびに、彼の発言を聞こうとする人たちがどこかから現れ、彼もそれに応えようとしてきた。おそらく、でしかないが、その端緒となったのが本書ではないだろうか。一九八〇年代の初頭、社会党政権が成立し、教育改革に手を染めはじめたころ、ランシエールは本書をもって論争に介入し、改革への賛成派と反対派の両方を「共犯だ」と斬って捨てたのである。

改革のなかみは、言わばフランス版「ゆとり教育」である。移民問題を背景とする教育格差の拡大に、政権は学習内容の簡素化をもって臨もうとした。文化的出自を異にする子どもたちに厳しいフランス流人文教育を課しても、反発から「落ちこぼれ」を増やして不平等を拡大するだけではないか、という理屈である。対する野党共和派は、勉強さえすれば一人前のフランス人になれるという公教育の普遍主義こそ不平等の解消に資する、と主張した。政権が依拠したのは社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」論――経済的格差は文化的に再生産されると説く――であり、共和派の主張は本書のもう少しあとに「新哲学者」アンドレ・グリュックスマンが刊行した著書のタイトルに集約されるだろう――『デカルト、それがフランスだ』。すなわち、コギトの普遍性を早くから教え込め。社会学vs共和主義のそんな争いに、ランシエールは、いずれも根は同じではないかと言ったわけである。

とはいえ本書は時事的介入のスタイルをもっていない。第三章ではブルデューが直接やり玉に挙げられるけれども、本書はあくまで哲学書であり、プラトンとマルクスの共同体/人間観が原理的に問題にされ、対立するはずの両者が一点において同じ陥穽にはまっており、そこに対する無自覚が現代の社会学にまで続いている、と暴こうとする。その一点とは、不平等の解消を目標に制度設計すると、かならずなにかの「距離」が「優劣」として固定され、不平等が再生産される、というものだ。プラトンの場合には、市民としての平等を徹底するためには、人は社会的分業の一端にくぎ付けにされるべきだ(労働以外の余計なことはするな、政治は哲人に任せておけ)、という「哲学」になり、マルクスの場合には、労働者は自分で解放の主体になることができない、党に解放してもらえ、という「科学」になる。そして社会学の場合には、移民子弟には普遍主義を受け容れない「文化的」頑迷さがあると「実証」することになる。

対するランシエールの主張は、本書に続く彼の『無知な教師』(邦訳法政大学出版局)のおかげで、日本でも今日それなりに知られているだろう。「知性」の平等の事実から出発せよ。人間には自力で自らを解放する力がある、ということを「公理」とせよ。しかし言うは易しであろう。たとえばまさに教育改革にかんして、ランシエールはどうしろと言うのか。もちろんと言うべきか、彼に答えはない。政治的に声をあげている当事者の言葉に耳を傾けよ、と述べるだけだ。けれども時を隔てて眺めてみれば、本書の賭金が「政策」になかったことはよく分かる。与党と野党が適当に折り合いをつけて論争が下火になるにつれ、彼の言うとおりになっていったではないか。「知識人の復権」である。社会学と共和主義は政策について争いながら、「我々」の専門家的論争に任せよ、素人は口を挟むな、と「大衆」に言い聞かせることを共通目標にしていたのではないか。その目標が一定達成されてしまったから、政策にからむ「知識人」は今、いかにも「素人」くさい「黄色いベスト」運動からしっぺ返しを食らっているのではないか。
この記事の中でご紹介した本
哲学者とその貧者たち/航思社
哲学者とその貧者たち
著 者:ジャック・ランシエール
翻訳者:松葉 祥一
出版社:航思社
以下のオンライン書店でご購入できます
「哲学者とその貧者たち」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
市田 良彦 氏の関連記事
松葉 洋一 氏の関連記事
上尾 真道 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >