幽霊の歴史文化学 書評|小山 聡子(思文閣出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年4月20日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

幽霊の歴史文化学 書評
遍在し偏在する幽霊たち
幽霊の「存在論」、「表現論」、「空間論」

幽霊の歴史文化学
著 者:小山 聡子、松本 健太郎
出版社:思文閣出版
このエントリーをはてなブックマークに追加
座っているリンカーンの妻の肩に亡き夫が手をかける心霊写真を見せ、新しいメディアと過去の表現との関係を説明したことがある。日本ではどうなのか、と質問してきたあの時の学生に、遅ればせながら本書を勧めたい。間口も広く、参考文献も豊富なので、関心を深めるのに役立つはずだ。

幽霊の「存在論」、「表現論」、「空間論」という三部構成のもと、十三本の論文が収録されている。論者の専攻も文学、歴史学、メディア学、美術史学など多岐にわたる。アプローチの違いのせいで難易度や方向性が多様で通読には少々手こずる。古代や中世の話から始まるが、後半はゾンビや幽霊映画や『リング』の貞子やネット動画が話題となり、図版が増えて幽霊の視覚化の歴史を体現しているので、こちらから読む手もあるだろう(以下紙幅の関係で論文筆者名のみ記述する)。

第Ⅰ部は古代や中世における文献上の幽霊を検討する論文が並ぶ。なかでも、小山論文は文献史料を挙げ、能以降を対象としてきた文学作品中心の幽霊論に反論している。初出が僧玄昉の死霊なので仏教的であるが、それに対して松井論文は、青がもつあの世とこの世の中間性を古い詩歌に探っていく。これは霊魂の表象を通じて「カラ」としての身体を浮かび上がらせた山田論文とも通底する。幽霊観が複数併存していたことがよくわかる。

第Ⅱ部では、挿絵と映画と絵画といった視覚表現が絡み、第Ⅰ部以降の幽霊の意味や表現の変化が明らかになる。松江の殿様の化物コスプレによる饗応話が、その後どのように工夫されたかを論じてどこか楽しい近藤論文に始まり、怖くない四谷怪談映画のお岩の表象に戦後の政治性を読む鈴木論論文、そしてヴァナキュラー・モダニズムとして幽霊映画の可能性を広げた山口論文が続く。誠実であるがゆえに描けなくなったシュールレアリスム画家の軌跡を論じた足立論文は幽霊論としては異色だが、戦後をめぐる鈴木論文や山口論文と応答している。岡本論文はゾンビの特徴や変化をまとめて、身体だけの存在だったゾンビが意識をもち始めていると指摘し、第Ⅲ部へとつなげるのだ。

第Ⅲ部は、メディアの原義である霊媒から、監視カメラやホラー映画までのメディア装置が扱われる。神仏とも触れる御座儀礼という生きた信仰を紹介する小林論文で、神霊を媒介するのは人間だった。江戸という都市に残存する自然である屋敷の築山を重視する内田論文や、歌舞伎でさかさまになって姿を見せて屋根に潜む幽霊や怪異を扱う山本論文は境界線に出現することを重視する。監視カメラの映像から事後的に幽霊話を生み出すプロセスを明らかにする松本論文、さらにホラー映画からメディアの物質性を問いかける遠藤論文に至ると「カラ」としての身体を越えた新しい身体観が示唆されている。

戦争による万単位の大量死の記憶が身近だった世代から、災害や事故を除くと死がパーソナルとなり、幽霊がコンテンツ消費される世代へと論者が交代したのがわかる。死をどのように扱うかで、幽霊の必要性や描き方が変わってきたわけだが、第Ⅰ部と小林論文を結びつけると信仰の源泉を辿れるし、岡本論文のゾンビ表象の変容は、鈴木、山口、遠藤の論文の戦後日本の幽霊ホラー映画と連動する。東日本大震災などの災害後の幽霊話を考えるヒントももらえ、総じて幽霊という私たちの隣人を知る手引きとなる本なのである。
この記事の中でご紹介した本
幽霊の歴史文化学/思文閣出版
幽霊の歴史文化学
著 者:小山 聡子、松本 健太郎
出版社:思文閣出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「幽霊の歴史文化学」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
小野 俊太郎 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 歴史学関連記事
歴史学の関連記事をもっと見る >