新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」全八巻刊行!! 奈良絵本は面白い! 戦国~江戸期の暮らし・風俗・文化を読み解く 石川透・齋藤真麻理 講演載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月19日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」全八巻刊行!!
奈良絵本は面白い! 戦国~江戸期の暮らし・風俗・文化を読み解く
石川透・齋藤真麻理 講演載録

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新天理図書館善本叢書第四期「奈良絵本集」全八巻は、天理図書館が所蔵する、古い時代の稀少な作品を中心に優品二四点を収録する。これまで貴重な資料ゆえになかなか目にすることのできなかった天理図書館所蔵の奈良絵本が、専門家にも一般の美術・文学的関心にも応えるものとして、高精細カラー版で微細な色彩まで再現、公刊されることとなった。刊行を記念し、日比谷図書文化館で一月二〇日に行われた講演会『奈良絵本は面白い!』より、講演の一部を載録する。挿絵と詞書を読み解くことで、奈良絵本のどんな魅力が見えてくるだろうか。(編集部)
第1回
『鼠の草子』の衣食住  齋藤 真麻理(国文学研究資料館教授)

『鼠の草子絵巻』より(原本所蔵:天理図書館)
『鼠の草子』という御伽草子には、絵巻が数本伝わっています。物語の内容から大きく二種類に分けることができ、天理図書館に伝わるものが第一系統。第二系統の絵巻にはサントリー美術館に伝わるものなど複数ありますが、こちらは本文も挿絵もほぼ同じであることから、その多くは江戸時代前期に、絵草子屋という工房のような場所で、商業的に量産されたものだといわれています。物語の内容からみて、天理本の方が、第二系統のものよりも成立が古いと考えられます。

まずはざっと粗筋を辿ってみましょう。京都の四条に権頭という古鼠が住んでいて、鼠のようなちっぽけな畜生に生まれたのは悔しい、人間の姫君と結婚して畜生道を逃れようと考えた、これが物語の発端です。そこで当時、縁結びにご利益のあると信じられていた、清水観音に願をかけます。実は姫君も、清水観音に縁結びの願をかけておりました。二人はめでたく結婚します。

しばらくは幸せな暮らしが続くのですが、ある日権頭が外出した隙に、姫君は別の座敷を覗き見してしまうのです。すると鼠だらけ。非常に驚いて、そういえば権頭様も、屏風や障子の下をひょくひょく歩いていたわと。姫様はどうもこの屋敷はおかしいと、鼠捕りの罠を仕掛けます。哀れにも権頭はこの罠にかかり、その隙に姫君たちは屋敷を逃げ出します。

サントリー本では、権頭は最初から最後まで鼠顔で描かれます。着物を着ていると姫君の目には人間に見えている、という仕組みのようです。さらに罠にかかった場面では、権頭の下半身が黒いのです。つまり彼は白鼠のふりをしていた。これに対して、天理本の婚礼場面では、権頭は鼠顔ではなく、立派な装束を着た貴族の貴公子といった風情です。その後、権頭は顔こそ鼠になって正体がばれてしまいますが、白鼠のままでした。

白鼠は大黒天の使いと信じられ、福をもたらす神聖な生き物として、日本人に愛されてきた小動物です。一方で第二系統の本では、権頭の正体は黒鼠でした。しかもそれは、本文には言及がない、挿絵だけが構築する世界です。これは奈良絵本ならではの魅力だといえるでしょう。

姫君を失った権頭は、彼女の愛用の品々を歌に詠んでは、くうくうと涙にくれるのですが、サントリー本には『源氏物語』の「須磨の巻」から歌が引かれるなど、文学の素養がないと理解できないような、あるいは知識を与えるような工夫がなされています。一方、天理本には、『源氏物語』とは無縁の素朴な歌が並びます。いずれにしてもこの場面からは、愛らしい妻を失った権頭の悲しみが伝わって参ります。そしてついに、権頭は出家します。


ここで、天理本を実際に読んでみたいと思います。特に鼠たちの活躍する婚礼準備の台所の場面(図版参照)が面白く、時代の風俗も反映されていますので、紹介いたしましょう。

台所で鼠たちが宴の準備をしています。画面の右下に箸を削っている鼠がいますが、彼は〈はしかみの八郎兵衛〉、「自分は箸づくりの名人です。簡単な仕事のようだけれど、なかなかの大事なんだよ。ずっとうつむいているから首がだるいよ」といっています。その上に、白い扇子を広げた鼠が描かれていますが、彼は〈棚探しの左兵衛〉です。いかにも鼠らしい、棚の中を食べ物を探し歩く様が、名前になっているのです。彼は、「私も小笠原ようや、大草ようなど、料理の流派には詳しいんだけれども、あなたの料理の腕前は素晴らしいですね」と褒めています。それに対して魚をさばいている〈障子やぶりの五郎兵衛〉は、「私は確かに隠れもなき料理の名人なんですけれども、そんなに褒められると照れますね」と答えます。

その隣では、竈に火が焚かれ、二匹の鼠が椀を持って座っています。その一匹が〈たたみ食らいの三十郎〉で、隣の鼠にこう話しかけています。〈その方は、ひととせ東山より御成のとき、壁のあいにて料理をも御らんぜられべく候(あなたは東山から将軍様がいらっしゃった時、壁の隙間から料理をご覧になったんでしょう)〉。すると隣の、これまた面白い名前ですが、〈狂歌詠みのおどり兵衛〉は、「それもこの宴ほど豪華ではなかったですよ」といい、〈よきさいもさらにおよびはなかりけりこの汁かけてめしを食うべし(どんなおかずもこの汁物ほど美味しくはないでしょう、だからこの汁かけてめしを食うべし)〉と狂歌を詠むのです。

さらに左側には、辛子すりの名人の〈皮籠破りのぢんえもん〉が辛子がツンときて思わず上を向いています。実辛子をすって使うのは当時最先端だったそうです。

このように絵巻の詞書や挿絵からは、時代性や風俗を読み取ることができます。たたみ食らいの三十郎に「東山より御成のとき」というセリフがありましたが、それは室町幕府第八代将軍足利義政を指しています。また「大草様」というのは、室町幕府に仕えた料理人の流派の名前です。これもやはり、時代を感じさせる言葉です。


ところで先ほど『鼠の草子』は、物語の内容から二つの系統に分けることができると申し上げました。物語の大筋は同じですが、いくつかの設定に違いがあるのです。まず、婚礼が行われた季節が違います。サントリー本は、出会ってすぐの春に結婚していますが、天理本では観音様のお告げ通り、しばらく手紙のやりとりがあったのち、夏の末に婚礼が行われています。

それから婚礼の前後に、主人公がお風呂に入るシーンがあります。天理本では鼠の権頭が婚礼の折の、夏にお風呂をつかっています。サントリー本では、お風呂に入るのは姫君で、季節については言及がない。サントリー本では姫君は湯を張った盥につかっておりますが、そばに「花清宮」という書き入れがあります。これは、中国・唐代の皇帝、玄宗の離宮の名前です。白楽天の長恨歌には、楊貴妃がここでお風呂に入ったと歌われています。さらに当時、婚礼から三日目に着物を着替えて入浴するという慣習がありました。いまでいうお色直しです。ですからこのシーンには、楊貴妃に姫君をなぞらえて美しさを讃えるとともに、結婚披露の意味合いも兼ねていた、と読み解けます。

天理本はどうかといいますと、台所に続いて井戸が描かれ、その隣で湯船に浸かった権頭が「ぬるいからお湯をたせ」などといっています。このシーンからは、権頭の屋敷に井戸があること、大量に湯を沸かすための薪にも不自由していないこと、つまり充分な経済力があるというメッセージを受け取れます。

室町時代の一般的なお風呂は蒸し風呂、いまでいうサウナですので、それなりに大きな設備が必要になります。ですから公家であっても、必ずしも自宅に風呂があるとは限らない。室町から戦国時代の公家、三条西実隆という人物の日記には、行水の記述はよく出てきますが、お風呂に入ったという記述は少ない。山科言継という公家などは、風呂のない公家同士誘いあって、京都の街中の銭湯通いをしていた。風呂事情に限っていえば、鼠の権頭は、三条西実隆と同じ水準だといえましょうか。

この当時、公家たちの間では、淋汗と呼ばれる夏風呂の行事が楽しまれていました。これは風呂で汗を流してから、酒宴や、連歌、茶の湯といった芸事を楽しんだものです。天理本で夏に宴とセットで行水をしているという設定は、当時の風俗文化を遠く反映していたのかもしれません。
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