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更新日:2019年4月19日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」全八巻刊行!!
奈良絵本は面白い! 戦国~江戸期の暮らし・風俗・文化を読み解く
石川透・齋藤真麻理 講演載録

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第2回
時代を反映し、成長していく物語絵

そしてもう一つ、二つの系統で大きく異なっているのが、女主人公の住まいです。サントリー本では、姫君は五条油小路の長者、柳家の一人娘という設定です。当時の油小路は商業の街で、大きな酒屋が軒を連ねていました。柳家は実在の酒屋の名前で、狂言の「餅酒」という作品には、「柳の酒こそすぐれたれ」と歌われるほどの大店でした。おそらくサントリー本は、この実在の酒屋を、姫君の実家のモデルとして使ったのだろうと思います。

またここには『鼠の草子』ならではの言葉遊びも隠されています。鼠は油が大好物です。俳諧連歌の世界では、「鼠」といえば「油」がつけ合い語となります。それから「柳顔」とは、美しい細面を例える表現ですが、『鼠の草子』の祝膳の場面にも、女鼠が自分の美貌を自慢して「お殿様もみんなも私を、柳顔だといって褒めてくれるわ」と。鼠はもともと細面ですからね。鼠と柳も、連想が繋がる言葉なのです。第二系統のテクストでは、柳家に、豪商の裕福なイメージと、巧みな言葉遊びも仕掛けているのだろうと思います。

一方の天理本では、女主人公は京都九条の辺りにひっそりと暮らすという設定です。鼠の小六が主人の権頭の恋文を持って九条に行き、日が暮れるのを待って姫君の屋敷に忍び入りますが、物音もしない。窓から覗いてみると、細々した灯の中に、姫君だけがほの見えた、とあります。サントリー本とは、真逆の設定です。こうした違いも物語世界を考える上で重要です。

例えば、同時代の『化物草紙』にも「九条あたりの荒れたる家に、かすかにて住む女」が登場します。さらに『化物草紙』には、山里で一人頼りなく暮らす女と案山子との異類婚姻譚もあります。怪異譚ですが、土佐光茂が描いたといわれる挿絵からは、気味悪さよりもむしろしみじみとした情感が伝わってくるようです。

他にも、『雁の草子』という、雁が変じた男と婚姻を結ぶ話がありますが、これらの物語には共通して、心細い身の上の女のもとに人ならざるものが通ってくる。異類婚姻譚の常として、結婚は破綻するが、なお女は情愛深かった男を追慕する、というしみじみとした哀れが滲むのです。この哀れは室町人が愛好し、御伽草子に繰り返し描き出されています。寂しさは古来、文学を生む土壌の一つになっていたのだと思います。

『鼠の草子』は、賑やかで楽しい台所風景が展開し、その魅力に目を奪われますが、改めて深く味わってみると、天理本はまさにこの哀れの系譜に連なる、古い物語の姿をとどめた作品なのです。

そのことは、姫君のセリフからも分かります。天理本の姫君は、権頭の屋敷を逃げ出した後も、「この世では添い遂げられないけれど、来世ではきっと同じ蓮の上に産まれましょう」と。

ところがサントリー本は違います。姫君はその後、幸せな再婚をするんです。そして、私のことは忘れてね、〈御心にかけ給ふ露の御心も残り候はば、猫殿をかけて参らせん〉と、ずいぶん酷いことをいいます。サントリー本は、かすかに古い物語のかたちを残してはいますが、現実に生きる女性を描いているともいえます。このような細部にも、物語の変容した痕跡を認めることができるのです。

『鼠の草子』を中心に奈良絵本の魅力を改めて考えてみると、時代を反映し成長していく、物語絵であることだと思います。それより以前に作られた物語世界をそのまま写すというだけではない、時代の風俗、流行を取り入れて、姿を変えていく、創造性も見えてきます。

例えば天理本の『鼠の草子』の台所風景だけを成長させた絵巻に、『鼠の草子絵巻別本』があります。やや時代が新しい絵巻で、江戸時代前期の風俗がよく出てきます。特に面白いのは、煙草を楽しむ鼠たちが複数登場するという点です。米俵を数えながら煙管をふかしている鼠だとか、甚だしいのは、生まれたばかりの嬰児を前に煙草をふかしている。主人公の姫君も愛煙家であるらしく、煙草盆が置いてあります。これは、この時代に煙草が大流行したということと、無縁ではありません。

このように、奈良絵本・絵巻は、言葉と絵が時代の空気を取り込み、あるいは先ほどの哀れの系譜のように、時代が変化しても変わらない人間の思いをも描き出して、人々に親しまれてきました。奈良絵本や絵巻の世界は、未だ私たちが気づかない謎に満ちています。ぜひ先人が残してくれたこの文化遺産を、一緒に楽しんでいただけたらと思います。
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