新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」全八巻刊行!! 奈良絵本は面白い! 戦国~江戸期の暮らし・風俗・文化を読み解く 石川透・齋藤真麻理 講演載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月19日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

新天理図書館善本叢書「奈良絵本集」全八巻刊行!!
奈良絵本は面白い! 戦国~江戸期の暮らし・風俗・文化を読み解く
石川透・齋藤真麻理 講演載録

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第3回
奈良絵本とは何か 石川 透(慶應義塾大学文学部教授)

『小男の草子絵巻』より(原本所蔵:天理図書館)

奈良絵本とは、室町時代後期から江戸時代中期のおよそ一〇〇年の間に制作された、手彩色の絵本や絵巻のことです。その中には『物くさ太郎』『鉢かづき』『浦島太郎』など、今日でもよく知られている物語があります。

『桃太郎』は、現在最も有名な御伽話ですが、比較的成立が新しく、奈良絵本にはその元になった『瓜子姫』が残っています。川上からドンブラコと流れてきたのは、最初は桃ではなく瓜だったのです。現存する奈良絵本を見ることで、『桃太郎』が、古い時代には存在しなかったことも分かってくるのです。

『一寸法師』は、このたびの新善本叢書・奈良絵本集にも収載されている、『小男の草子』を改作したものだといわれています。いま我々がよく知る『一寸法師』の物語は、一六五〇年代頃の成立と考えていますが、奈良絵本として残るのは断簡と呼ばれる二枚のみで、江戸時代を通して物語が流行った形跡がありません。比べて『浦島太郎』は、一六五〇年代に、絵本や絵巻が量産されています。『一寸法師』は江戸時代にはほとんど流行っていなかったということ、あるいは『桃太郎』は原作すらできていなかったこと、奈良絵本が、物語の成立から派生までを知る手がかりにもなるのです。最近の話題でいうと、今年のセンター入試・古文で出題された『玉水』も奈良絵本として残っています。


作品自体も研究面においても、魅力的な奈良絵本ですが、その定義すら正しく知られてきませんでした。辞書にも、江戸時代に奈良、興福寺周辺の絵仏師により制作されたもの、と説明されていますが、現在の研究ではそれは誤りだと考えられています。

ではなぜ奈良絵本と呼ばれるようになったのか。おそらくは奈良絵と同源と考えられたのでしょう。奈良絵とは、扇子や団扇、陶器などに描かれたもので、表は二人の人間が手をつないだり、踊っていたりするのを、家の中から一人が覗いているというデザイン。裏には二羽の鶴の間に亀、周囲に松や竹が描かれているような絵です。この奈良絵の雰囲気と似ているので、奈良絵本と呼ぶようになったというのが現在の主たる説です。奈良絵は奈良の土産品として流布したため、奈良絵本も似たようなところで作られたのだろうと考えられましたが、奈良絵本・絵巻は、おそらく主に京都・堺で作られていたと考えられています。

新善本叢書第二回配本の中に『舟のゐとく』という作品があります。この豪華絵巻とほぼ同じものを、國學院大學が持っているのですが、このことは、寺社などに奉納するためだけに作られたものではないということを示します。成立時期を判定するのは非常に難しいのですが、私の結論は一六〇〇年代半ばです。この絵本の詞書の筆跡は、実はたくさん出てきています。ところが書いた人の名前が分かっていません。この筆跡は豪華な絵巻にしか出てこず、多くは大名家の中でも、松平家、徳川家、水戸徳川家が持っていました。

絵は工房で集団で作りますから、霞の形や海の形だけで、誰がいつ描いたものかを断定することは難しい。そこで私は、奈良絵本の成立年代を探るのに、文字に注目しています。仮名草子の大作家である浅井了意は、彼の絶筆となった『狗張子』序文に、直筆であることが書き残され、その文字が判明しています。

当時の印刷は、版画と同じ方法で制作されていましたので、清書係(筆耕)がいました。ところが浅井了意については、自筆版下が多くあり、もともと奈良絵本・絵巻の筆耕をしていたことも分かっています。了意は筆耕から作家になった人だったのです。そして了意が一六五五年に書いた直筆の奈良絵本が見つかったことで、それに似た絵や紙質の絵巻が、同時代の一六五〇~六〇年代に、了意が住んでいた京都で作られたであろうことも分かってきました。

まだまだ研究途上ですが、新善本叢書全八巻の刊行によって、奈良絵本・絵巻の研究も進むのではないかと期待しています。それ以上に、とにかく美しいし面白い作品なので、まずは絵と物語を、味わっていただければと思います。

※講演会第三部では、藤原重雄氏(東京大学史料編纂所准教授)により「奈良絵本に描かれたモチーフから考える―提灯を例に―」が語られた。様々な奈良絵本に描かれた提灯を見比べ、そこから歴史的事実を抽出する充実した講演だったが、紙面の都合で割愛した。

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