「平成の三冊」時代を、私を形成した本 31人へのアンケート|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月19日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

「平成の三冊」時代を、私を形成した本 31人へのアンケート

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第2回
加藤 陽子

①尾藤正英『江戸時代とはなにか』(初版:岩波書店、1992年→岩波現代文庫、2006年、現在品切れ)

②三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』(初版:岩波書店、1997年→岩波人文書セレクション、2010年、現在品切れ)

③原朗『満州経済統制研究』(東京大学出版会、2013年)

今回は、私が専門とする日本近代史を研究する過程で学問的に深く学ばせていただいた隣接領域の研究者による著作を三冊選んだ。①は、近世政治思想史の泰斗の書だが、近代とは何かについて荻生徂徠の思想を丸山眞男とは逆の方向から読み説くこと(近代思惟形式の祖ではなく国家主義思想の祖として)で描いた「明治維新と武士」と「日本史上における近代天皇制」は短いながらも、凄まじいインパクトを持つ論。②は、日本近代政治史の泰斗の書だが、日清戦争から冷戦期までをカバーしたその論考は、体制変革の一大要因としての戦争の意義を分析する一方、植民地帝国となった母国日本がその統治手法と人材という側面で、植民地から母国へと環流する両義的存在となっていくさまを描き尽くし、他の追随を許さぬ名著である。③は、日本経済史の泰斗の書。故中村隆英教授が中国の華北に対する日中戦争期の日本による経済支配を解明したのに対し、著者は満州についてのそれを最も早い段階で実証的なデータで解明した第一人者にほかならない。その著者が何故、満州経済に関する単著を長い間まとめることがなかったのか、その理由が明かされた「あとがき」は、科研費などを用いて進める現在の共同研究の在り方にも大きなインパクトを与えよう。当該分野第一の学究の書を何度も味読しつつ、著者と小林英夫氏との裁判の結果を待ちたい。(かとう・ようこ=東京大学教授・日本近現代史)

亀山 郁夫

「平成」とは名ばかりの激動の30年、折にふれて読書に励んできた。私が愛してやまない小説の多くは、書評やあとがきのかたちで、それこそ真剣勝負で向かいあった作品だ。

記憶に鮮やかに甦ってくるのは、加賀乙彦『永遠の都』(新潮社)、大江健三郎『水死』(講談社)、村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社)、辻原登『許されざる者』(毎日新聞出版)、筒井康隆『モナドの領域』、髙村薫『太陽を曳く馬』、松浦寿輝『恍惚と名誉』(以上、新潮社)の七作品と、若い世代では、第一に平野啓一郎『決壊』(新潮社)、そして川上未映子『へヴン』(講談社)、中村文則『私の消滅』、東山彰良『僕が殺した人と僕を殺した人』(以上、文藝春秋)の四作品。いずれも小説ばかりで、しかもほとんどの作家が、ドストエフスキーと接点を持っている。これらのなかからどれか三点を選べといっても、今の私にはできない。私は、何よりも出会いを大切にしているからだ。しかし、かりに基準があるとすれば、最初の十頁で入れるか、入れないかの差だけかもしれない。強いていうと、熱量とスペクタクル性を好む。そう、思い出すだけで、胸がどきどきしてくる短編集があった。辻原登の『父、断章』(新潮社)がそれだ。どきどきする理由とは、何だろうか、といま考えている。(かめやま・いくお=名古屋外国語大学長・ロシア文学)


黒川 創

・ノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』(大島かおり訳、みすず書房、1994年)

・加藤典洋『敗戦後論』(講談社、1997年)

・金貴粉『在日朝鮮人とハンセン病』(クレイン、2019年)

古来、中国における「正史」の編纂は、一つの王朝が滅亡したのち、次の王朝が負うべき責務として行なわれた。この伝に倣えば、「平成」という時代は、先立つ「昭和」の意味を明らかにする(はずの)歳月でもあったろう。

この三冊は、そうした視野に立って、いま、われわれの社会は何に根ざすかを問うている。

沖縄国体で日の丸を焼いた知花昌一。殉職自衛官の夫が護国神社に合祀されることを拒んだ中谷康子。「昭和天皇には戦争責任がある」と明言した、自民党所属の長崎市長・本島等。──ノーマ・フィールドは、母方の故郷・日本で、没しゆく昭和天皇をめぐる報道が続く日々に、これらの人々を訪ね、問答を重ねた。

加藤典洋は、「大東亜戦争」下、三百万人という日本人が「無意味」なまま死んだ、その事実を「深く哀悼」することを足場にしてこそ、はじめてわれわれは「世界」への眺望を得られるだろうと考えた。

日本のハンセン病療養所に隔離された人びとのなかに、在日コリアンが占める比率は目立って高い。彼らの「昭和」に、貧困と厳しい労働環境が付いてまわったからである。一九八〇年生まれの著者・金貴粉が、ここに目を向けるきっかけには、半世紀以上前からハンセン病患者を撮りつづけていた元炭坑夫のカメラマン・趙根在、そして、被写体として自身の体をさらすことを受け入れた同胞の患者たちの存在があった。(くろかわ・そう=作家)

上妻 世海

・ルイーズ・バレット『野性の知能 裸の脳から、身体・環境とのつながりへ』(小松淳子訳、インターシフト、2013年)

・バーバラ・マリア・スタフォード『ヴィジュアル・アナロジー つなぐ技術としての人間意識』(高山宏訳、産業図書、2006年)

・エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ『食人の形而上学 ポスト構造主義的人類学への道』(檜垣立哉/山崎吾郎訳、洛北出版、2015年)

僕は平成元年生まれなので、平成の三冊を選ぶという時、今の自分に影響を与えたと思える書籍を三冊選べば、必然的に平成の三冊になると思われるかもしれないが、僕はある意味平成生まれであるがゆえに、特にその本がいつ発売されたのかなど考慮せずに、関心のあるワードを検索エンジンに打ち込んで、ピョンピョンとリンクを飛んでいき、結果として、魂が惹きつけられた本を読んできた。例えば、よく言及する日本の哲学者は中村雄二郎や坂部恵や市川浩や湯浅泰雄で、先輩世代の方々から「古いねえ、なんで中村雄二郎なんて読んでるの?」なんて言われることも多いが、逆の視点から言えば、先輩世代の人の「平成とはいかなる時代だったか」という言説については「へーそんな時代だったんだ」と自分の生きてきた時代とは全く無関係であるかのような、別の星での出来事を聞いているような気持ちになる。そのように「平成」を一元的に語れると思い込むこと自体が非平成的感性で、僕は「なんだかなあ」とか思いつつも、僕に平成を語る機会が与えられないことは自分の知名度のなさだと言い聞かせた。ここに挙げた三冊は「平成はつまんない時代だったってのは勘違いじゃない?」って思わせてくれる書籍たちだ。10年代に入ってから、日本国内でも「人類学の存在論的転回だ」「拡張する心理論だ」「イメージだ」「アナロジーだ」などと言われるようになったが、それらの萌芽はむしろ90-00年代から始まっていたのである。国内と海外の境目があるのは政治や経済の話で、情報に関してはその境目はない。平成は助走の期間であり、すでに目の前に踏切板が迫っているように思われる。(こうづま・せかい=文筆家・キュレイター)

小林 康夫

知の技法(小林 康夫)東京大学出版会
知の技法
小林 康夫
東京大学出版会
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奇妙に明るく軽く、しかしいくつものカタストロフィーが刻み込まれていないわけではない不思議な時代であったということになるだろうか。このままでは確実に「氷河」にぶつかるとわかっているのに、ホールでは人々がにぎやかに踊っている「タイタニック」号のように。97年のセリーヌ・ディオンのあの歌こそ、「平成」の主題歌でもあったか。

わたし自身の仕事の上で「平成」に遭遇したと言えるのは、『知の技法』(小林 康夫・船曳建夫編、東京大学出版会、1994年)だろう。自分の著作ではないし、諸般の事情でたまたま(共)編集することになった「ガイド・ブック」にすぎない。驚いたことに、それがベストセラーになった(累計46万部とか!)。本来的な仕事ではない仕事で、多少有名になった。単著も十数冊も書いているのに、そちらは読んでくれる人は皆無。この微妙な捩れ感覚に、わたしにとっての「平成」という時代が象徴されていると言ってもいい。

タイタニックのせいか、「海」のイメージがつきまとう。それが2011年の大津波のおそろしい破壊の光景と重なる。その意味で「海辺」の時代でもあったか。だからもう1冊は村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社、2002年)にしようか。時代の底に「戦争」の「海辺」!

もう1冊?——「もう1冊」はない。無数の本が浮かぶが、どれも決定的ではない。ならば少しひねくれて、「平成」こそ、人文科学ないし「哲学」に対して、数理科学的な「知」から、われわれの世界が人間の理解力を超えたものである証拠をつぎつぎと突きつけられた時代であったとすれば、いっぱい名前が浮かぶが、比較的最近の衝撃を取り上げておけば、マックス・テグマーク『数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて』(谷本真幸訳、講談社、2016年)かな。(こばやし・やすお=青山学院大学特任教授、東京大学名誉教授・表象文化論・現代哲学)
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