「平成の三冊」時代を、私を形成した本 31人へのアンケート|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月19日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

「平成の三冊」時代を、私を形成した本 31人へのアンケート

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第3回
今野 晴貴

機会不平等(斎藤 貴男)岩波書店
機会不平等
斎藤 貴男
岩波書店
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斎藤貴男『機会不平等』(文藝春秋、2000年)

私が大学生のころに、はじめて非正規雇用問題に触れ、衝撃を受けたのが本書である。大手商社の派遣労働者の女性たちが、セクハラを目的とした「運動会」に半ば強制的に参加される。逆らえば簡単に解雇されてしまうというとてつもなく理不尽な状況。

格差と貧困が当たり前になっていく「平成」の時代にあって、問題提起の端緒となった一冊であった。

森岡孝二『働きすぎの時代』(岩波書店、2005年)

本書を読んだのは、大学を卒業する前後だったと記憶している。近年の長時間労働の深刻化が、世界的な趨勢だとの告発。労働時間は技術革新によって短縮するはずであった。だが、実際にはIT化によって、労働時間は短くなるどころかますます伸びていくことを予見していた。その後の過労死防止法制定に深く関与した著者が、先駆けて問題を提起した歴史的な一冊である。

木下武男『格差社会にいどむユニオン 21世紀労働運動原論』(花伝社、2007年)

格差・貧困・過労が社会問題化していく中で、関連する書籍も多数発行された。そうした中で、本書は特別な異彩を放っている。

本書は日本の「格差社会」の生成要因を歴史的に総括すると同時に、いま、新しく生まれつつある新しい労働者の「状況」を示し、これに対応し、刷新された新しい労働運動の可能性を説いた一冊である。

驚くべきことは、本書が「予測」した変化と、これに対応した新しい労働運動がその後の十数年の間に実際に花開き、今日も発展しているという事実である。(こんの・はるき=NPO法人「POSSE」代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表)

斎藤 真理子

私の「平成」は、一人親の世帯主として暮らした年月とほぼ重なっていた。仕事、子、親のことで手いっぱい、寝ているときも稜線を歩いていたようなもので、座って本を読む暇はなかった。三〇年近くがひとかたまりになって一気に過ぎ、その間には仕事関係以外に一冊も読めない時期が何年もあったが、といってそれがどうということもない。そんな中でも記憶に深く残っている三冊は、従ってよほど強い本だ。『人生と運命1~3』(ワシーリー・グロスマン著、齋藤紘一訳、みすず書房、2012年)と『バーデンハイム1939』(アハロン・アッペルフェルド著、村岡崇光訳、みすず書房、1996年)は、スターリニズムとナチズムの来歴を改めて物語として咀嚼できた。冷戦構造崩壊後かなりの間、どこに視線を合わせていいのかわからないとまどいがあり、にもかかわらず朝鮮半島の分断は変わらないという現実の隣で、自分の歴史感覚を一度大きく攪拌する必要があった、そこに効いた。『こどもと出会い別れるまで 希望の家族学』(石川憲彦著、ジャパンマシニスト社、2003年)は、いつ何時ばらばらに散ってしまうか知れない生活と思考をかろうじて束ねておくのに役立ってくれた、最後のねじ。(さいとう・まりこ=翻訳者)

椎根 和

田中凛太郎『My Freedamn!』(CYCLEMAN BOOKS/自費出版)。日本の出版界に絶望したRiN(凛太郎)は単身米国にわたり、2003年から現地で自費出版を続けて、もう20冊近くになった超豪華本風〝雑誌〟。古い汗じみた超レアTシャツなどを自分でさがしだし、自分で撮影し、レイアウト以外は、英文を書くこと、販売してくれる書店さがしまで自分ひとりでやってしまうという千日回峰みたいなハードな作業を続けている。それをささえたのは、〝僕のくそったれ!の自由〟(RiNの表現)精神。くそったれ!、こそどこにも存在しない豪華本を生みだすエネルギーになった。いま、ファッションデザイナーをめざす世界の若者たちのバイブル。

草森紳一『李賀』(芸術新聞社、2013年)。中国四千年を代表する鬼才、李賀。その詩魂を領解した草森の、凄い、壮絶無比な書物。千二百年前の鬼才の心(しん)に、ここまで、わけいった者は、中国の文人にもいない。あれほど漢語の世界を愛しながら、中国に渡ることを頑として拒否した草森。これほど長く〝李賀に棲む〟のであれば、中国は草森の頭のどこかに建国されていた。

インベカヲリ★『理想の猫じゃない』(赤々舎、2018年)。71年に荒木経惟の歴史的写真集『センチメンタルな旅』を銀座の油まみれのベトコンラーメン店で買った。48年後、アラーキーの傑作写真集以上の衝撃と明晰な愛を持つインベカヲリ★の写真集『理想の猫じゃない』が出現。人類みな写真家のアイフォーン時代に、彼女は、脳の海馬まわりのモヤモヤを狂気と節度の絶妙なバランスで正確に映像化した。荒木、森山、シンディ・シャーマンの写真が一挙に、ふるびた。写真にそえられたインベの文章は〝DSM-5系の文体〟がゼラチンシルバーの光を放つ。(しいね・やまと=編集者)

島田 裕巳

悪魔の詩 上(サルマン・ラシュディ)
悪魔の詩 上
サルマン・ラシュディ
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 J・K・ローリング『ハリー・ポッターと賢者の石』(松岡佑子訳、静山社、1999年)

トマ・ピケティ『21世紀の資本』(山形浩生他訳、みすず書房、2014年)

『悪魔の詩』は、イスラム教を冒涜したとして著者は死刑宣告を受けた。各国で翻訳者も被害を受けたが、日本では訳者が殺された。ただし、犯人は不明で、イスラム教の関係は分からない。平成の時代に登場した一冊の本が日本をも震撼させた。

『ハリー・ポッターと賢者の石』からはじまるシリーズは、若い世代を中心に世界中に多くの読者を得た。日本でも同じで、映画もヒットした。しかし、アメリカの福音派は、魔法使いが主人公のこの物語を強く批判してきた。そのことは、日本の読者はほとんど知らない。ファンタジーを信仰の書ととらえる人々が世界にはいるのだ。

『21世紀の資本』は、先進国で戦後に起こった経済成長の時代がいかに幸福であったかを改めて教えた。経済が発展していれば、たいがいのことはうまくいく。逆に、低成長の時代になると、格差が広がり、社会にはさまざまな問題が増えていく。過激な宗教が生まれ、社会批判を展開したり、テロ行為に走るのも、それが関係する。

平成は、アメリカの同時多発テロやオウム真理教の事件、シャルリー・エブドの事件など、宗教が関係する暴力行為が多発した時代であった。そこに、話題になった本も深くかかわっていく。(しまだ・ひろみ=宗教学者)

白井 聡

①中沢新一『はじまりのレーニン』(岩波書店、1994年/同、同時代ライブラリー、1998年/岩波現代文庫、2005年)

②豊下楢彦『安保条約の成立』(岩波新書、1996年)

③柄谷行人『世界史の構造』(岩波書店、2010年/岩波現代文庫、2015年)

「平成の名著」を挙げることは、平成時代に子供から大人に、生徒・学生から研究者・物書きとなった私にとって、精神形成史を明かすことに等しい。

では、私がレーニンの研究を手掛けたきっかけはどこにあったか。①を読んだとき、私はレーニンについて語るべきことがあることを確信した。思えば、同書が刊行されたきっかけはソ連崩壊であり、東西対立終焉と平成の始まりはほぼ同時だった。そして、平成が終わるいま、結局は「資本主義の超克」という問題に、日本も世界もぶち当たっている。

レーニン研究に一区切りをつけた直後、東日本大震災を経験した。原子炉と一緒に「戦後」がメルトダウンするのを目の当たりにしながら、私は「なぜこうなる?」という問いに圧されて彷徨っていた。そのとき、「国体としての対米従属」という観念によって答えを示唆してくれたのが、②であり、同書は『永続敗戦論』以降の私の仕事にとって決定的に重大なものとなった。

昭和が小林秀雄と吉本隆明の時代だったとすれば、平成は柄谷行人の時代だった。一冊だけ挙げるなら、③を推す。前著『トランスクリティーク』を読んだとき、その議論の完成された体系性に驚きつつ、一抹の淋しさを私は覚えた。完成とは成熟であり、死の予兆だからだ。それゆえ、『世界史の構造』には驚かされた。著者が若返っているように感じられたからだ。私もまた時間の宿命に反する書き手となりたい。(しらい・さとし=京都精華大学人文学部専任講師・政治学者)
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