連載 映画に住む/住まわれるゴダール ジャン・ドゥーシェ氏に聞く103|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2019年4月23日 / 新聞掲載日:2019年4月19日(第3286号)

連載 映画に住む/住まわれるゴダール ジャン・ドゥーシェ氏に聞く103

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ゴダール(左から二人目)とドゥーシェ(右端)
HK  
 以前、「映画は世界の鏡である。だから私は美しい映画を作る。そうすれば、世界も美しくなっていく」ということを、ヴェンダース(?)が言っていました。おそらくバザンや50年頃のフランスの映画批評に影響を受け、そこにドイツロマン主義が入り込んでいるのだと思いますが、時代が変わっても同じことを繰り返しているようです。それでも、彼が観客の前で、そのようなことを口にすると、非常に会場が湧いています。
JD 
 ……ファスビンダーの周囲にいた人では、クルーゲやシベルバーグの方が好みです。それでも、彼らは少し哲学的になりすぎて、頭の中で映画を作ってしまっているようにも感じます。その点はあまり好きになれません。私が、ドイツ人たちの中で好んできたのは、シュローターです。それと、スイス人も評価していました。
HK  
 シュミットですね。シュミットといえば、世界中で日本人しか好んでいなかった作家かもしれません(笑)。
JD 
 ありえないことではないと思います。
HK  
 フランスでは、いまだにDVDもビデオも発売されておらず、本当に見る機会がなくなってしまいました。少し前にテレビ局のARTEが、カンヌの特集として『カンヌ映画通り』についてのちょっとしたプログラムを作っていたのですが、始まりから映像入手の難しさについての説明でした。結局、日本からビデオを買ったようです。
JD 
 (笑)。私の言った通りフランスでは、ドイツ人の映画作家を受け入れることに、本当に問題が生じるのです。理解することが難しいのだと思います。
HK  
 話題を変えて、 ゴダールに関する質問をします。70年代の初め、ドゥーシェさんはゴダールに非難されたことはありませんでしたか。5月革命の終わったあたりから、ゴダールは周囲の人間に攻撃的になり、批判するようなメッセージを友人たちに送りつけています。
JD 
 ゴダールから非難されたようなことはありません。なぜなら、私はその当時、映画の世界で成り上がろうとする人々から距離をとっていた、数少ないゴダールの友人だったからです。「成り上がる」という言い方よりも、キャリアを形成していった人々と言った方がいいかもしれません。そのような野心を持っていなかったからこそ、ゴダールは私のことを、映画のために映画を考えていると見なしていたのです。だからこそ、ゴダールと私は、昔から変わることなく映画についての話をする関係を持ち続けています。けれども、彼がスイスへと逃げ出して以降は、以前のように会う機会もなく、あまり話をすることなくなりました。彼がパリを去った理由は、周囲の人間たちに邪魔をされたくないということでもあったので、私も彼に関わろうとは思いません。彼が心底嫌っているのは、映画を作る人々ではなく、映画でキャリアを築こうとする人々、つまり映画を利用する人々なのです。
HK  
 それについては、ゴダールのよく引用するシャルル・ド・ゴールの言葉「フランスが私たちに住みついている」のもじりがあります。このド・ゴールのエリート主義的な言い廻しを、「映画が私たちに住んでいる」と変えて話をしています。映画はグリフィスやムルナウなど偉大な映画作家の中に存在しており、自分もそのような映画の世界の端っこの方にいると言っています。
JD 
 まさしくその通りです。
HK  
 その反対に、多くの映画作家、たとえばリュック・ベッソンのような人は「映画の中に住みついている」と言い表しています。
JD 
 ベッソンは、ビデオ時代の映画を作っています。ベッソンに関して、ゴダールの言うことは……私は、ベッソンについては判断すら下しません。ベッソンについて話すことには、本当に興味がありません。
〈次号につづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテーク・ブルゴーニュ)
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