不幸も、喜ぶべきかも知れない、ぼくにとってのリアリズム|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

現代短歌むしめがね
更新日:2019年4月30日 / 新聞掲載日:2019年5月3日(第3287号)

不幸も、喜ぶべきかも知れない、ぼくにとってのリアリズム

このエントリーをはてなブックマークに追加
寺山修司と(1967年)
2019.4.15
 展覧会の制作中はなるべくスケジュールを空白にしているけれど、一切雑音が入って来ないのも閉鎖的な孤独感に襲われるものだ。子供のように我を忘れて無我夢中に何かに没頭することはもうない。お釈迦さんはあまり世俗から離脱する生活を良しとしないように、やはりある程度外部との風通しを必要とした方がいいように思う。だから、制作の合い間にメールをしたり、ツイートをしたりして遊ぶのである。そして、制作時間を追い込んで、ギリギリになってあせりまくるのだが、これとて瞬発力と刹那力を誘発させるぼくなりのテクニックである。

2019.4.16
 霧中を彷徨っていた4作目の結果が見え始めてきた。この瞬間の快感のためにこそ絵は存在するのである。画家にとっては至福の時で他の何ものとも替え難い。

『ミセス』の〈次世代への手紙〉と題する連載インタビューで、瀬戸内さん、養老孟司さん、岸恵子さん、中村稔さんに次いで5番バッターである。毎回ポートレイトは広川泰士さんで逆光写真が「陰翳礼讃」ぽくていい味を出している。

2019.4.17
 〈コンドームヲ初メテ見ルヨウニ物珍シクイジツテイル〉夢は、理由のないことではなく、目下制作中の絵の一部にコンドームを描いており、さらに次回作にもと考える時、実物が必要となってきたからだ。この間から夢と現実をまたいで作品が生産されつつあるのはシュルレアリストの願望の再現みたいで愉快だ。

このところ睡眠が不十分で、アトリエに入ると風邪気味状態になる。そこで「四川蟲草益精」を服用して回復に漕ぎつける。

難聴以来会話が少なくなったのでメールを出したり貰ったりが愉しみのひとつになって来た。若い人が読書離れを起こしているそんな感覚がよくわかる。耳だけでなく眼も悪くなってきたので本離れもしている。

結局、今日は制作中止。代って書評を書いたり、カレーをテイクアウトしたり、わらび餅を食べたり、ええーっと他に何をしたんだっけ、意味のあることは何もしなかった。最近は「ねばならない」という使命感も義務感もなくなった。

寝床でマンガの「ユリシーズ」を読む。「ギルガメシュ叙事詩」の現代版じゃないかな?

2019.4.18
 〈アンデイ・ウオーホルヘノオマージユ作品ノ展覧会ノ準備ヲシテイルガ出キ上ツタ作品ハモーヒトツダ〉という夢ともうひとつの夢は〈入墨ヲシタ娼婦ニ入墨ヲ見セテモラウ。ソコニハ広告ノ入墨ガ彫ラレテイタ〉。新規のメディアだ。

『ヘイルメリーマガジン』で、ウォーホルと寺山修司について語る。この2人は自己に対する関心よりも他者に対する興味のある人達だ。ウォーホルの日記は自分のことより他人中心。寺山も他人のことに興味を持って観察したがる。その挙句捕ったり……。だけど自己滅私は悟りの一形態。

五木寛之さんの週刊誌のエッセイの「すべての動作は、無意識にやってはいけない」はその通りだ。意識することが養生の基本だ。

入浴は首までつかると交感神経が活発になって睡眠を邪魔する。胸を出すことで副交感神経が活性化して眠れるとテレビから学ぶ。

2019.4.19
 〈東宝スタジオガコシノジユンコサンノ仕事場デ、描イテイル絵モ巨大、ソノ絵ガ素晴シイ、画材ハテンペラダトイウ。スタジオノ内部ノ一角デハビデオニヨル社内研修会ガ行ナワレテイル。コシノサンノ取リマキニ不動産屋ノ人ガイタノデ、妻ハコンナ大キイスタジオヲ探シテホシイト依頼スル〉という夢。

〈学校ノ教室ニ、イキナリプリンセス天功サンガ歌ヲ歌イナガラ入ツテキテ、歌デ、ボクニデイナーヲシマセンカト誘ウ〉夢。そんな2本の夢を見てテレビをつけると、コシノヒロコサンの番組に、コシノジュンコさんも出演していた。ここにも夢と現実の交差がある。

2019.4.20
 昨日も今日もかつての知人が死去。「死ぬ人はほとんど80代ですね」と妻はいう。ひとりづつ待合室から出て行く。

目がかすむので眼鏡店で検査。ピントがずれて霞んだ風景は物のエッジがボケてもうろうとしているこの状態を誇張して描けば、それがぼくにとってのリアリズムになるのではないかと考えると、この不幸を喜ぶべきかも知れない。モネの白内障が傑作を生んだように。

2019.4.21
 〈深夜ノベツドルームノベツドノ足元ニ美美ガ外出着デ立ツテイル。部屋ハ真暗ナノニ彼女ダケハ薄ク光ツテ見エル〉。死者なら幽霊だけど生きているなら生霊。結果は生きていた。(よこお・ただのり=美術家)
このエントリーをはてなブックマークに追加
横尾 忠則 氏の関連記事
現代短歌むしめがねのその他の記事
現代短歌むしめがねをもっと見る >
芸術・娯楽 > 美術 > 現代美術関連記事
現代美術の関連記事をもっと見る >