森瑤子の帽子 書評|島崎 今日子(幻冬舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月4日 / 新聞掲載日:2019年5月3日(第3287号)

主婦から女性作家へ、インタビューの名手が描くひとりの女性の姿

森瑤子の帽子
著 者:島崎 今日子
出版社:幻冬舎
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森瑤子の帽子(島崎 今日子)幻冬舎
森瑤子の帽子
島崎 今日子
幻冬舎
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島﨑今日子はインタビューの名手と呼ばれ、すでに、いろいろな人物とのインタビュー集を出版している。前作は評伝の『安井かずみのいた時代』で、安井かずみと親交のあった人々から話を聞き、ひとり一章ずつまとめることで、安井かずみという女性像を描き出している。

今度の『森瑤子の帽子』も評伝であり、当時の作家仲間から秘書、家族に至るまで、関係者たちに丁寧に話を聞いている。ただし人が人を語る時には主観が入るし、それぞれの見方は微妙に異なる。

その一方で島﨑今日子は、森瑤子自身の膨大な著作などから、話と関わりのある部分を抜き出して、インタビューと連動させている。もちろん小説にはフィクションが含まれるし、エッセイや当時の記事にも、森瑤子自身が小説家としてのサービス精神から話を盛った部分もある。だが島﨑今日子は両者を連動させることによって、両者の真偽を裏づけ、ひとりの女性像を浮かび上がらせたのだ。

森瑤子は美男のイギリス人、アイヴァン・ブラッキンを夫を持ち、三人の娘にも恵まれた。だが家庭に入ったことで、自分自身が失われていくような焦りを覚え、閉塞感を打ち破ろうと、三十七歳で『情事』を執筆。

作品の舞台は、東京六本木に集まる欧米人の世界。そこで夫を持つ身の日本人女性が、恋愛に奔る心情と性的な衝動とを描いた。かつては女性の不倫と言えば淫靡なものだったが、まったく新しい世界観を打ち出したのだ。それは「すばる文学賞」を受賞し、当時の女性たちに圧倒的な共感をもって迎えられた。

それまでの森瑤子は家事や子育てに追われ、身なりをかまう余裕もなかったが、たちまち洗練されていった。バブル全盛期に、大きな肩パッドの入った服を身につけ、つばの広い帽子は彼女の必須アイテムになった。高価なジュエリーや毛皮のコートを惜しげもなく買い入れ、ファーストクラスで海外を飛びまわり、各地に別荘を保有した。

島﨑今日子のインタビューに応じた人々は、本名である伊藤雅子と森瑤子との違いを、こぞって口にする。本来、素朴だった伊藤雅子が、帽子と肩パッドで武装し、華やかな女性作家像を、みずから演出したという。

我慢し通さず、頑張ることで自分自身の望みをかなえる姿を、広く示したのだ。それが女性たちの憧れになった。モデルや女優のような完璧な美人ではなく、手が届きそうな距離感もよかったのだろう。

しかし誇り高いアイヴァンは「森瑤子の夫」という立場を潔しとせず、夫婦喧嘩が絶えなかったという。そういった不和や苦しみを糧として、また新たな作品が生まれていった。

文芸の世界での評価は、けっして高くはなかった。芥川賞も直木賞も何度も候補に上がりながら、受賞には至らなかった。まだまだ男社会で、家庭を持つ女性の奔放な性愛には、拒否感が先に立ったのかもしれない。

デビューから八年目に出版した『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』は、カウンセラーとの対話をもとに、家庭の苦悩と真摯に向き合った作品だ。これがもっと高く評価されていたら、森瑤子の人生は変わっていただろうと、惜しむ関係者もいる。しかし、その後の作品は軽妙さを増していった。

書くことが好きだったのは確かだろうが、派手な暮らしには金が必要であり、そのために膨大な仕事を引き受けた。親しい編集者に百万単位、あるいは一千万を超える原稿料の前借りを頼むことも珍しくなかったという。それを返済できる力量もあった。

森瑤子が胃がんによって五十二歳の生涯を閉じたのは、バブル崩壊のただ中。本人は文学史に残る作品を書きたいと願っていたというが、もし病気を経て命ながらえたなら、それは可能だったに違いない。今も年齢を重ねていたとすれば、まだ八十歳前だ。社会全体が閉塞感を抱える現代において、森瑤子はどんな作品を生み出しただろうか。そう考えさせる一冊が『森瑤子の帽子』だ。
この記事の中でご紹介した本
森瑤子の帽子/幻冬舎
森瑤子の帽子
著 者:島崎 今日子
出版社:幻冬舎
以下のオンライン書店でご購入できます
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