議論と翻訳 明治維新期における知的環境の構築 書評|桑田 禮彰( 新評論 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月4日 / 新聞掲載日:2019年5月3日(第3287号)

議論と翻訳 明治維新期における知的環境の構築 書評
「知性」に対する限りない信頼
「議論の姿勢」に貫かれた視点や着目

議論と翻訳 明治維新期における知的環境の構築
著 者:桑田 禮彰
出版社: 新評論
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本書は、議論の力、知性への信頼を取り戻そうと読者に呼びかける。今日、議論は身近になった。だが、その意義は忘却されていると著者は述べる。

思い起こせば小学生の頃から、「議論するのはいい事だ」と教わってきた。そして、国会中継も討論番組も議論しているのは大人だけ。大学生になると「ゼミ」という所で議論をするらしい。だから、「議論は大人がするものだ」とも思っていた。議論は言葉による問題解決法であり、問題を明らかにし、社会生活や日常生活の改善に確かに役に立つ。しかし、大人になると議論することの空しさも経験的に知るようになる。言葉を尽くしても徒労感を覚えるだけ。むしろ、議論しないことがオトナとされる場合もあったりする。そう思い当たるのは、私ばかりではないだろう。

要するに、私たちと「議論」との関係は曖昧模糊としており、その意義も明確には理解していない。本書は、こうした事態を「議論環境の歪み」と観じ、我が国の議論環境が社会的規模で整備され始めた明治維新期にまで遡り、その原初の議論環境の思想史的・社会的・文化的意義に光を当てている。

明治維新以前は、「議論の習慣」のない、言わば「無議」の環境であった。それゆえ、維新の知識人たちは、社会的広がりをもつ適切な議論環境の必要性を痛感していた。彼らは議論の重要性を明確に理解し、当時、「万機公論」や「多事争論」と呼ばれるような人々相互の意見表明や意見検証こそが、「文明開化」や「国家独立」に寄与すると考えていた。文明開化は西洋文明を学ぶというよりは、文明発展の原動力として人々の「独立自尊の気風」を養う必要性であり、そのためにも議論環境の構築に全力が注がれた。

著者は、我が国のこの議論環境の成立過程を「議会・思想界・世論」の三層構造で捉えようとする。すなわち、その頂点には、自由民権運動による「議会(国会)」の開設。その底辺に、新聞・雑誌・書籍等、議論に必要な素材や情報源を人々に提供するメディアの整備にともなった「世論」の発生。そして、それら議会と世論を媒介する役割を担い、政治や民衆との距離を測りながら自律的な場となってゆく「思想界」の誕生と、思想家から派生した大学人思想家やジャーナリスト思想家の登場についても本書は明らかにしてゆく。

明治維新期、こうした議論環境の構築と同時に、当時の知識人たちが、言わば両輪のように取り組んだ事業が「翻訳」であった。翻訳には、二重三重の重要性があった。なぜなら、万機公論に従えば、外国知識を吸収するのは原典の読解可能な一部知識人ではなく国民全体であり、その国民的規模での外国知識の吸収に決定的なのが翻訳だったからだ。翻訳を介して世界に眼が開かれると同時に、外国知識の咀嚼によって議論の質も上がり、国民的議論を通じて「日本の問題」を共有できたのである。

本書には随所に、まさしく「議論の姿勢」に貫かれた視点や着目がある。例えば、明治維新期、上述のように国家レベルで推進された議論主義的傾向を捉えながら、他方で、「教育勅語」という反議論主義的趨勢にも触れている。その場合、教育勅語の内向きで外国と自国の区別に無関心な「愛国心」に対し、外国と自国との区別や関係に主体的に関与し、自国独立を目指した議論主義的な愛国心として、福沢諭吉の「報国心」に著者は着目する。同様に、議論が意見対立を前提とする以上、共同体の結束と相反するように思われる。しかし著者は、古代アテナイ市民を例に、対立を恐れない積極的な議論姿勢を等しく共有することで、国民としての結束や共同体意識をもつことは不可能ではなく、それを「対立的同質性」として把握する。

以上、本書には、多様と統一、異質なものとの共存、惑溺でも無関心でもない適切な距離、といった現代社会の大きな課題に応答しようとしている。また本書からは、人間に本来備わる「知性」に対する限りない信頼も感じられる。AIに仕事が奪われるから創造性教育をとか、もっとアクティブ・ラーニング風授業をとか、あたふたするその前に、私たちは目の前の議論を注視し、議論の改善や質の向上に努めるべきだろう。
この記事の中でご紹介した本
議論と翻訳 明治維新期における知的環境の構築/ 新評論
議論と翻訳 明治維新期における知的環境の構築
著 者:桑田 禮彰
出版社: 新評論
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