鬼火・底のぬけた柄杓 書評|吉屋 信子(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年5月4日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第3287号)

吉屋信子著『鬼火・底のぬけた柄杓』

鬼火・底のぬけた柄杓
著 者:吉屋 信子
出版社:講談社
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 とても後味の悪い小説集である。そんな読後感を抱きながら再読すると、その後味の悪さにこそ魅力の秘密があるような気がした。そんな作品は初めて読んだ。

吉屋信子といえば少女小説である『花物語』の作者として有名であるが、この短編では少女の世界とはかけ離れた大人、ドッペルゲンガーや俳人が登場し、全体的に不気味なねっとり感がある。少女小説家として見ていた私は、この作家の別の一面を垣間見たような気分になった。吉屋信子は俳句に興味がないと思っていたし、少女たちのロマンティックな情愛だけを生涯、ずっと描いていたと思い込んでいたのだ。だからこそ、この本は痛快なほど私を裏切り、そして吉屋信子という作家の奥深さを少し知ることとなった。

この短編集は二部構成となっており、一部には、「童貞女昇天」「鶴」「鬼火」「茶碗」「嫗の幻想」「もう一人の私」「宴会」の七作を収録している。二部では、「墨堤に消ゆ」「底のぬけた柄杓」「岡崎えん女の一生」の三作が収録されている。 

どれも心に残る作品ばかりだったが、一番惹きつけられたのは「鬼火」という作品である。鬼火と聞いてどのようなものを想像するだろうか。この題名を一目見たときに私は怪談話だと考えたが、見事にその予想は外れた。

ガスの集金を仕事にする忠七という男が物語の主人公だ。忠七は、今の仕事が気に入っている上、生きがいと誇りを持っている。「彼は内心このガスの集金人という役目が得意なのだ、正々堂々とるべきものを取るんだ、誰にも馬鹿にされる商売じゃない」と忠七は語るが、この正々堂々とした態度が後々、物語に思わぬ展開をもたらす。

彼は最終的に熱心だった集金の仕事を放棄し、そのまま行方をくらましてしまうのだが、その原因となる出来事に、読みながら背筋が凍る思いだった。ここからは結末がわかってしまうので詳しくは言えないのだが、自身の行動が一人の人間に悲劇的な運命を招いてしまう。いつも後悔の念がつきまとい、そこから逃げられない。起こった出来事は、ずっと忠七の心にまとわりつく。

この短編集には幻想的な味わいを持った作品も多く収録されているが、こうした作風は吉屋信子が女学生時代に愛読していたと伝えられている泉鏡花の影響からくるものらしい。吉屋信子の文体は暗く粘り気のある感触だが、いっぽうで艶やかで読みやすくもある。吉屋信子が少女たちのロマンティックな交情を描く才能とは別の魅力を持ち合わせていたということが、よく分かった。

今まで読んできたさまざまな作家の小説と比べても、この短編集の異色ぶりは別格であり、後味の悪さにも関わらず何度も読み直してしまった。吉屋信子にしか書けない人間の暗部に踏み込んでいるからこそ、私はこの作品集に惹きつけられたのだと思う。
この記事の中でご紹介した本
鬼火・底のぬけた柄杓/講談社
鬼火・底のぬけた柄杓
著 者:吉屋 信子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「鬼火・底のぬけた柄杓」出版社のホームページはこちら
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