天皇組合 書評|火野 葦平(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月4日 / 新聞掲載日:2019年5月3日(第3287号)

天皇制論議の虚妄を撃つ 快(怪)作復刊に拍手!  

天皇組合
著 者:火野 葦平
出版社:河出書房新社
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天皇組合(火野 葦平)河出書房新社
天皇組合
火野 葦平
河出書房新社
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面白い。疾駆し、躍動し、一気に読ませる。

敗戦後、われこそホンモノの天皇だと名乗る者が全国各地に続出する。その一人・虎沼は、まずは全国の天皇が団結して現天皇に退位を迫ろうと画策する。「馬鹿ぬかせ、気でも狂うたか」と罵られ、「天皇陛下なんかになって、どうするの? 今の方がよっぽど気楽で、ええじゃないの?」と揶揄されながらも、南朝奉戴期成同盟を組織し、鯖倉天皇(北海道)鯛原天皇(仙台)鯨岡天皇(佐渡)蟬花天皇(松江)鮫島天皇(京都)豚沢天皇(伊勢)狸寺天皇(熊本)豹野天皇(大分)と、天皇組合の署名集めに東奔西走する。

一九五〇年に出た火野葦平のこの快(怪)作は、敗戦直後の一九四六年一月、名古屋で南朝の子孫と称する熊沢天皇が名乗り出た事実に材をとっている。この当時、敗北した天皇制ファシズムに代わって労組や左翼組織が、国家神道に代わって様々な民衆宗教が、澎湃と起こり、人間を取り戻すエネルギーが渦巻いていた。

「そんなら正系の天皇ちゅうのが、別に居るのか」「居ります」「どこに居る?」「小倉です」「小倉?」/「虎沼の小父ちゃんが、天皇陛下になるの?」「ふうん、あんなきたない天皇陛下があるじゃろか。天皇陛下は、金の箸で御飯をたべて、金のうんこをされとるじゃろうもん。虎沼の小父ちゃんとこは竹の箸で、うんこ場は、ばば色できたないよ」/「この乱世のなかに…正しい皇統を立てようと念願するなら、歴史の伝統に、忠実でなくてはならないわ。…宮廷で、どのような…肉体の饗宴をほしいままにしたか」。近代天皇制による正系天皇神話に「洗脳」されながらも、他方で、民衆が信じる歴史は飯を食い、糞をひる人間そのもの以外にはなかった。「人間誰しも、ただ系図をもたないだけで、類人猿からこのかた、みんな同じだけ古い家柄」(坂口安吾)なのである。

そもそも維新当時、民衆は天皇など知らなかった。明治政府は「天子さまと云ものがござって…日本国の御主人様ぢゃ」と告諭し、古墳を造りかえて天皇陵とし、全国の村々の共有入会地を没収して御料地とし、天皇制をつくった。「万世一系」を掲げる天皇制はあくまで、一八六八年の王政復古を出発点とした近代の産物なのである。「一木一草に天皇制がある」という竹内好の指摘は後世に拵えられた万世一系神話肯定の土俵上にしか成立せず、歴史的視座を欠く。

敗戦後、米占領軍によって再び、天皇制は人間宣言と全国行幸で化粧直しを図られたが、天皇制も元号も人間が拵えたものゆえに、また人間によって廃絶できる――この立場こそが歴史的視座に立つ者の天皇制批判であるはずだ。「陛下はですな、今度の敗戦の責任を感じられ……退位されるべき」などとところどころに挟み込まれる史論の真っ当さは、女帝の是非や新元号の典拠などの枝葉末節に終始する近年の天皇制論議の虚妄を撃ち、新鮮である。

物語の結末。天皇たちとそのとりまきの色欲やゼニ儲けという本音があからさまになるにつれ、天皇組合は破綻していく。天皇組合が天皇制そのものを虚仮にし、物欲や色欲の前に名分論の化けの皮は剝がされ、全国天皇拡大会議は「参加者皆無のため、流会」。革命と反革命は錯綜し、物語は人間による人間宣言へと向かう。終章「踊る神々」の「群衆は、終始、げらげらと笑って、いつまでも、これを見物していた」という締めくくりは、民衆の力強さと文学の生命力を示してあまりある。

戦後左翼は、敗戦直後の日本共産党を除いて、みなナショナリスト竹内好の域を出ないドレイだった。戦後民主主義は象徴天皇制といううんこを覆い隠すいちじくの葉っぱである。近年の護憲運動の無力さは、戦争放棄の九条は擁護しても天皇条項はけっして批判しえないという没歴史的な思想の弱さに起因する。

総合誌から思想誌に至るあらゆる天皇制論議が陥っている迷妄を原点に引き戻す時宜を得た復刊に、私は心から快哉を叫ぶ。「踊れや、踊れや、早う踊れや」「夜明けだあ」「夜明けだあ」
この記事の中でご紹介した本
天皇組合/河出書房新社
天皇組合
著 者:火野 葦平
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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