東畑開人×高野秀行 公開トークイベント載録 〝イルツラ〟沖縄・デイケア施設でケアとセラピーについて考えたこと 『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)刊行記念|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月26日 / 新聞掲載日:2019年5月3日(第3287号)

東畑開人×高野秀行 公開トークイベント載録
〝イルツラ〟沖縄・デイケア施設でケアとセラピーについて考えたこと
『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)刊行記念

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第4回
〝イルツラ〟と依存労働


高野 
 なぜ僕が依存労働や自立にこんなに神経質なのかというと、日本に留学で来ていたソマリ人で十年ぐらい付き合ってる男がいて、彼が来た当初から帰る間際までずっと「日本人は冷たい。何でも自分でやれと言う」と言っていたんです。来たばかりの時は日本が嫌でしょうがなくて、それは普通なのですが、それから大学へ行って大学院も行って社会に適応してきて、「日本は悪い国じゃない。人も親切だし、社会のシステムもすごく整ってるし、人種差別がない。素晴らしいところだ」と言ってるんだけど、何でも自分でと言われるのが本当に苦痛だと帰国する前日まで言っていた。彼の言う「冷たい」とは日本人には理解しにくいことなんだけど、郵便局や銀行に行くとかちょっとした買い物とかそういうものに日本人は全然付き合ってくれないと。それはアフリカを想定した話なのですが、向こうではそういうところに一人では行かなくて大体友だちと一緒に行く。何しろタクシーの運転手だって一人で運転していなくて、助手席に関係ない人がよく乗ってるんです。この人は何なんだって聞くと友だちだと。大抵は強盗に用心しているためでもなく、単に暇で寂しいんです。

そもそも社会が違うということは当然あるんです。社会が日本みたいに平等なアクセスになっていない。例えば市役所とか銀行に行っても、お金を持ってる人とかコネがある人を優先して何もない人はいつまでたっても順番が回ってこない。でも、この前難民で来たイエメン人もソマリ人の彼と同じことを言っていました。イエメンという国は内戦で世界最悪の人道危機と言われていて酷い状態なんです。そこから日本になんとか逃げてきた人が日本のことを何と言ったか、「日本は死後の世界だ」と言ったんです。平和だけれどもうすべて死んでいると。それはちょっと衝撃でした。どうやら人間同士のつながりや温かみがないということらしい。ちょうどそういうことを考えていたので、すべての人が自立していて同じようなサービスを受けられる社会というのが、本当にいい社会なのか。すごく根本的な常識だと思っていたことがこの本でちょっと揺らいでしまったんです。
東畑 
 確かに、日本で暮らしていると、自分の用事に付き合ってもらうのは迷惑なんじゃないかといつも考えちゃいますね。
高野 
 それは一人で行動することが前提になっているからで、誰かといる時に理由が必要なんです。アフリカでは誰かといることがデフォルトの設定になっているから〝イルツラ〟がない。僕も正直言ってなかなか慣れないのですが、一旦慣れると非常に心地よくなる時が時々あって、みんなでいて何もしてなくても心が安らぐというのは例えば外部に危険があるときですね。ソマリアにいて一人で絶対出歩くなっていう時とかミャンマーのゲリラのいるところで、政府軍がいつ襲ってくるかわからない時とか。
東畑 
 スケールがでかい(笑)。
高野 
 そういう時は仲間内でいてすごく心が安らいで〝イルツラ〟ではない。日本のように先進国をお手本にしてどんどん一人一人が自立していくと人といるのが苦痛になってくるわけです。でも今でも多くのアジアとかアフリカの人、あと沖縄の人もそうだと思うけれど、一人でいるのが寂しくて耐えられないという人がたくさんいます。その人たちにとっては〝イルツラ〟はない代わりにプライバシーがないことも別に辛くないわけです。そういうことをこの本を読んでいる時にずっと考えていました。
東畑 
 今話していて気づいたのですが、僕はこの本でプライバシーが侵される体験をずっと書いていたような気がするんです。デイケアでは汗が飛び散るとか、唾が吹きかかるとか、屁をこかれるとかが常態でした。他人がどんどん自分の中に入ってくる。僕らはそういうのに弱いですよね。マンションで下の部屋からさんまの臭いが侵入してくるだけでトラブルになるし、上の家の足音がうるさいと攻撃されている気持ちになる。スメハラなんていう言葉もありますよね。他者の匂いが侵入してくることが、ハラスメントとして捉えられてしまう。だけど、一緒に暮らすっていうのは、プライバシーを互いに侵害し合うということですよね。そこをこの本ではテーマにしていた気がします。
高野 
 結局のところ、依存というのはどこにでもあって、完全に自立したら相互にかかわる必要はなくなるわけですが、果たしてそれで人間が幸せに生きていけるのか。
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この記事の中でご紹介した本
居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書/医学書院
居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書
著 者:東畑 開人
出版社:医学書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書」出版社のホームページはこちら
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