コレージュ・ド・フランス講義草稿 1959‐1961 書評|モーリス・メルロ=ポンティ(みすず書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月11日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

一〇年の歳月を費やした翻訳、ついに刊行
メルロ=ポンティ最晩年のアカデミックな活動を集大成

コレージュ・ド・フランス講義草稿 1959‐1961
著 者:モーリス・メルロ=ポンティ
翻訳者:松葉 祥一、廣瀬 浩司、加國 尚志
出版社:みすず書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
いやあ、久々に大変な書物が出たものだ!大判で五〇〇ページを超え、ずっしりと重く、内容充実。訳者たちは、これが日の目を見るまでに、三人がかりで一〇年の歳月を費やしたというのだから驚いてしまう。まずは慶賀に堪えない。

ここには、同じみすず書房からすでに刊行されている『言語と自然―コレージュ・ドゥ・フランス講義要録』に収録されたものに続く三つの講義の草稿と、さらにいくつかの補遺が収められており、まさしく、メルロ=ポンティ最晩年の『見えるものと見えないもの』執筆と同時並行的に進められていた彼のアカデミックな活動の側面が集大成されているといっても過言ではないだろう。

もっとも、この書は『言語と自然』とはいささか趣きを異にしており、かなり荒削りの草稿集となっている。それもそのはず、彼はこれら講義の最中、一九六一年五月三日に急逝するのである。当然ながら、公の講義要録なるものは作成されず、へたをすると講義はそのまま忘れ去られる危険にもさらされていた。だが、忠実な弟子のクロード・ルフォールがそのままにしておくはずはない。彼はメルロ=ポンティ夫人のもとから師の草稿を借り出し、やがて、雑誌『テクスチュール』に掲載するに至るのである。

このたびの講義草稿に収められているのは、このルフォールの成果を、さらに吟味し、増補し、註釈したものであり、その地道な作業をこなしたのは編者のステファニー・メナセ嬢である。と、そう書いて、ふと気がつき、愕然とするのだが、私自身がパリの国立図書館に通い、精力的にメルロ=ポンティの遺稿をあさっていた頃には、確かにメナセさんは「メナセ嬢」だった。あれから一体、どれほどの年月が経ってしまったのか、今昔の感もまたひとしおである。今では、パリに赴いてもマイクロフィルムで眺めるしかないメルロ=ポンティの手稿が、あの頃は、無造作にいくつもの段ボール箱に詰め込まれており、私たちは素手でそれに触れることができたのだった。

当時、私が探していたのは、メルロ=ポンティが死の直前まで書き進めていた原稿。彼が心臓発作で倒れかかった大机の上に置かれていたという原稿である。すったもんだのあげく見つけ出したその原稿上には、なんと、赤い液体の流れた鮮やかな痕があった。きっと彼が倒れた時に、何かをひっくり返したに違いない。そう思った私は、突如、近くでやはりメルロ=ポンティの草稿を発掘していた女性に、これはワイングラスでも倒した痕だろうか、はたまた、赤インクの上に水でもこぼした痕なのだろうかと意見を求めたのだが、その彼女こそ、ほかならぬメナセ嬢であったのだ。当時まだ女学生然としていたその彼女の編纂した草稿集が、それから何十年も経った今、日本語にもなってここに結実し、その中には、かつて私の探し求めていたメルロ=ポンティ最後の草稿までが含まれている……感慨無量とはこのことを言うのだろう。

ところで、本書は「今日の哲学」「デカルト的存在論と今日の存在論」「ヘーゲル以後の哲学と非―哲学」というメルロ=ポンティ最晩年の三講義の草稿を軸に置き、そこに、それらの参考になると思われる『見えるものと見えないもの』のための未発表の下書きや、各講座へのさらなる補遺を加え、クロード・ルフォールの序文を添えるという体裁になっている。序文によれば、メルロ=ポンティは「草稿を読まず、紙を少し見るだけ」であったようだし、草稿は草稿で、入念に手直しされた『講義要録』とは「際立った対照」をなしている。だが、それはかえって「統制された著作には見られない彼の存在論をめぐるアイデアの全体を示してくれるものになるだろう」と、そうルフォールは言うのである。

幸い「今日の哲学」については、すでに『言語と自然』の中に、メルロ=ポンティ自身による要録が「哲学の可能性」という表題で収められており、なるほど、両者を比較してみると、相互の共通性も差異も、つぶさに見て取れるようになっている。いずれにしても、彼によれば、どうやらヘーゲルとともに何ごとかが終わり、哲学の空白が生じてきたらしい。これにはマルクス、キルケゴール、ニーチェが、まずは哲学の拒否から出発したことがひきあいに出されている。そこで次のような問いがたてられることになるだろう。「彼らとともに、われわれは非―哲学の時代に入ったと言わねばならないのではないか。哲学のこの破壊は、哲学の実現なのだろうか。それともこの破壊は哲学の本質的な点は保存しているのであって、フッサールが述べているように哲学はその灰の中から甦ってくるのだろうか」(要録)と。当然ながら、この「非―哲学」は肯定的にも否定的にも取れるわけだが、どちらにしても、哲学がそこからフェニックスのように甦るためには、従来のあり方に甘んじていられるずはない。メルロ=ポンティは新たな発想を「同じ危機的状況にある他の諸現象」、つまり「詩、音楽、絵画、精神分析」などから得ようとするのである。

ここではマラルメ、ランボーから、ブルトン、ミショーまで、またプルースト、ジョイスから、フォークナーまで、さらにはダ・ヴィンチ、セザンヌから、クレー、マッソン、モンドリアン、バゼーヌに至るまでが言及され、なんと音楽論さえ展開されている。かつて、メルロ=ポンティは絵画には通じているが、音楽はちょいとね、と思われてきたのだが、どうしてなかなか、この草稿からすると、彼はシェーンベルクやベルク、さらに若き日のブーレーズにまで目をつけていたらしいのだ。特筆すべき概念としては、「存在された存在 être-été」と「存在する存在 être-étant」があげられるだろうか。

「デカルト的存在論と今日の存在論」は、こうした試みをさらに推し進め、「本講義の目的は、芸術において暗黙のうちにとどまっている私たちの存在論を哲学的に表明しようとすること、しかもそれをデカルト的な存在論との対比において追求すること」なのだという。メルロ=ポンティの芸術への関心は、この草稿では、とりわけ視覚をめぐって展開され、それが、操作主義的なデカルトの『屈折光学』の視覚理論に対峙させられることになる。そして、それはそのまま、コギト(われ惟う)の根本的な問題をえぐり出すことにもなり、ついに彼は「私がそこに存在しているような作動するコギトと、反省的で言い表わされたコギトがある」と考えるに至り、それぞれを「垂直的コギト」と「水平的コギト」と名づけることになるのである。ここで着目すべきは、プルースト、クローデル、クロード・シモンの三人への言及だが、これはまた、文学研究者にも一押しのくだりとなるだろう。

「ヘーゲル以後の哲学と非―哲学」については、もはや論じる紙幅が残っておらず、概要は、むしろ巻末の松葉祥一さんの「訳者あとがき」にゆずりたいが、ただ一つ、ここで採り上げられているのが『精神現象学』の序文であり、それもまた、ハイデガーの『杣径』に収められた「ヘーゲルの『経験』概念」に即しながら論じられているということ、また、マルクス論の部分では『ヘーゲル法哲学批判序説』と『経済学・哲学草稿』とが使われているということなど、その基本的な構えのうちに看て取れるメルロ=ポンティのスタンスだけは指摘しておくべきだろう。

ともあれ、私たちがメルロ=ポンティの出生地にまで赴いて伝記調査をしたり、あちこちの図書館で文献収集をしたり、果ては彼の草稿を段ボール箱の中から発掘したりしていた頃から、時の過ぎゆくのはなんと速かったことか。ああ、Ars longa vita brevis!
この記事の中でご紹介した本
コレージュ・ド・フランス講義草稿  1959‐1961/みすず書房
コレージュ・ド・フランス講義草稿 1959‐1961
著 者:モーリス・メルロ=ポンティ
翻訳者:松葉 祥一、廣瀬 浩司、加國 尚志
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「コレージュ・ド・フランス講義草稿 1959‐1961」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
加賀野井 秀一 氏の関連記事
モーリス・メルロ=ポンティ 氏の関連記事
松葉 洋一 氏の関連記事
廣瀬 浩司 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想 > 倫理関連記事
倫理の関連記事をもっと見る >