ハバナ零年 書評|カルラ・スアレス(共和国)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月11日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

キューバの特別に“困難な時代”
一枚の文書をめぐり、複数の男女が暗躍する スラップスティック・コメディ

ハバナ零年
著 者:カルラ・スアレス
翻訳者:久野 量一
出版社:共和国
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キューバの作家の最近の作品に接する機会はあまりなかったが、『ハバナ零年』はこの三十年ほどの間のキューバの社会や人間関係のありようを、いろんな意味でよく理解させてくれる作品だと思う。この三十年ほどというのは要するに、ベルリンの壁の崩壊とソビエト連邦の消滅以降ということで、この時代のことをキューバでは、特別に困難な時代という意味で特別期と呼んでいるが、それが実は、観光振興によりキューバを訪れる外国人が急増し、キューバ人も国外に出ていきやすくなった時代でもあることが見えてくる。つまり、キューバが社会主義圏内で自足していられなくなり、かえって広い世界との関係が拡大していった時代なのだ。

『ハバナ零年』は国による全市民の雇用がもはや維持できなくなり、食糧事情が逼迫し、停電が頻発し、交通機関もまともに動かなくなっている中で、その状況から個人的に脱却しようと暗躍する六人ほどの男女の物語だ。彼らは一枚の文書を手に入れることで現状を打開しようとする。その文書とは、十九世紀半ばのキューバで、グラハム・ベルに先立って電話の原型を発明したとされる技師メウッチが残したらしい設計図の原本だ。それを入手してメウッチの名誉回復をする科学史の論文を書いて名声を手に入れようとする者がいれば、それを利用した文学作品を書いて国外で発表の機会を得ようとする者もいて、また、それを売却して国外に出る資金にしようとする者もいる。六人の誰かがそれを隠し持っているはずなのだが、人によって情報が異なり、誰もがどこかで嘘をついている。利害関係・愛情関係も錯綜して、かなりスラップスティックな混乱が出現していくコメディだといえる。

その全体を語るのが、一人の数学教師の女性だ。彼女自身も、設計図探しに濃厚に関わっているうえ、持ち主である可能性のある三人の男性全員と彼女だけが交わりがある。だから、関係者の行動も発言もすべて彼女を通じて読者に伝えられるので、それがどこまで真実なのか、彼女の誤解なのか、あるいは嘘なのか、読者には判断しきれず、かなり悶々とさせられるのである。僕自身は、「不実なナレーター」という小説の手法に行きつくのでは、とまん中あたりで予想したが、それが当たっていたのかどうか……。

ところで、こういう歴史的な真実の探索にかかわるストーリーは、インターネットと携帯電話によって情報の探索と共有が急速に容易になってしまった現代では、なかなか成立しにくくなった。この作品の場合、そのどちらもが一般化する直前の一九九三年、しかも、有線電話すら十分に回線が行きわたっていなかったキューバと設定することによって、謎とか行き違いといった小説的デバイスをうまく利用できた。実際、ラテンアメリカでもアフリカでも、携帯電話が一般化する直前まで、電話というものを利用できないのが当たり前の社会がたくさんあったことを今さらながらに思い出した。世界はたしかにだいぶ変わった。

苦言を呈するなら、謎が動きだすまでの最初の八十ページほどが長い。また、語り手が誰に向けて語り聞かせているのか、という小説構造の根幹にある謎も十分に生かされているとは言えないのが惜しい。
この記事の中でご紹介した本
ハバナ零年/共和国
ハバナ零年
著 者:カルラ・スアレス
翻訳者:久野 量一
出版社:共和国
以下のオンライン書店でご購入できます
「ハバナ零年」出版社のホームページはこちら
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