朝さむみ桑の木の葉に霜ふれど母にちかづく汽車走るなり 斎藤茂吉『赤光』(1913)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年5月14日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

朝さむみ桑の木の葉に霜ふれど母にちかづく汽車走るなり 斎藤茂吉『赤光』(1913)

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斎藤茂吉の名高い連作「死にたまふ母」の中の一首。「朝さむみ」の「み」は、小倉百人一首の崇徳院の歌「瀬をはやみ」の「み」と同じで、「朝が寒いので」の意。母の危篤のしらせを聞いて、故郷の山形・上山へと汽車で急いでいる途上を描いた歌である。茂吉は少年期に勉学の才能を認められ、同郷の精神科医・斎藤紀一に養子として引き取られたという経緯があり、生母と離れて育った。「死にたまふ母」に登場する母は、この生母である。地方の優秀な青少年が家族と引き離され村の期待を一身に背負って上京するという、近代型エリートのあり方を前提として理解していないと、茂吉の悲嘆と孤独はわからない。単に母の死を目前にして異様に泣きじゃくっているわけではないのである。

「母にちかづく汽車」はきわめて独善的な表現といえる。汽車には他にも多くの乗客がおり、別に茂吉の母だけを目的として走っているわけではない。しかし悲嘆にくれる茂吉にとっては「母にちかづく汽車」が主観的な真実なのである。公共輸送機関だからこそ、この独善的な表現がレトリックとして成立する。自家用車であったら、運転手の意図が反映されるのは当たり前のことなので絶対に成立しないのである。

なお、茂吉が下りた実家の最寄り駅(「死にたまふ母」にも「上の山の停車場」として詠まれる)は、現在のJR東日本奥羽本線かみのやま温泉駅(旧称、上ノ山駅)にあたる。山形新幹線の停車駅である。(やまだ・わたる=歌人)
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