『西遊記』 妖怪たちのカーニヴァル 書評|武田 雅哉(慶應義塾大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月11日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

『西遊記』をここから始めよう!
古今東西『西遊記』のオンパレード!!

『西遊記』 妖怪たちのカーニヴァル
著 者:武田 雅哉
出版社:慶應義塾大学出版会
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 西遊記の入門にうってつけの本が出た。この本には西遊記のことがほとんど何でも書いてある。
まずはあらすじ。最良の版本とされる明代の百回本(世徳堂本)に基づいて物語の全体像が紹介される。孫悟空の出自から天界での大暴れ。お釈迦様に五行山に閉じ込められて三蔵法師に出会うまでのいきさつ。玄奘三蔵が天竺へ取経の旅に出る理由となる唐太宗の地獄巡りや、玄奘の生い立ちをめぐる父親陳光蕊殺害の挿話もちゃんと紹介されている。旅の途上で出会う化け物やそれぞれの国での事件も、もちろん一つひとつ語られる。

次は西遊記成立の歴史。現実の玄奘が書いた『大唐西域記』から『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』、『大唐三蔵取経詩話』、元代の戯曲や朝鮮の中国語テキスト『朴通事諺解』に登場する原型の一つとおぼしき話まで、物語の成り立ちが資料とともに紹介される。西遊記の明代や清代の版本の紹介も抜かりはない。それは、そのまま優れた西遊記研究史の紹介にもなっている。

テーマや構成に踏み込むことも忘れない。化け物たちが三蔵法師を狙うのはその肉を食うためである。なぜ三蔵法師の肉を食うのか。どう料理するのか。食いしん坊なのは化け物たちだけではない。猪八戒・三蔵法師の食欲や人肉食へも話題は広がる。もちろん色欲の話もある。食べた後の糞尿の話も事欠かない。カーニヴァル小説と見立てて、ラブレーの『ガルガンチュア物語』やセルバンテスの『ドン・キホーテ』とも比較される。三蔵法師と弟子たちはもちろん、牛みたいに描かれた犀も含めて、登場するキャラクターの来歴が語られ分析される。通俗小説としての西遊記の猥雑さと魅力が次々に描かれる趣向だ。

まだ先がある。『平妖伝』『封神演義』や鄭和の大航海を題材にした『西洋記』など同類の神怪小説、さらには清代に続々と現れた『西遊補』などの続書も一つ一つ紹介される。それだけではない。清末民初に現れたSFふうの続書や、張恨水の「わたしは孫悟空」など現代作家の小説化、連環画、絵本、張光宇の長編マンガ『西遊漫記』、アジア初の長編アニメ『鉄扇公主』、新中国での演劇・映画・テレビドラマ、はては政治的プロパガンダや風刺、チベットや英語圏での受容まで取り上げられる。

まさに『西遊記』のデパート。今後、西遊記に興味を持つ読者はこの本を手に取ることから始めるとよいだろう。

ただ、ガイドブックという目で見直すとやはり不満が残る。ブックガイドが簡単過ぎるのだ。注釈で関連文献が示され、巻末に参考文献が付されているが、基本文献が網羅されているわけではない。入門書は、興味を持った読者が次の一歩を踏み出すための指針を示すことが望ましい。その充実度が水準を決定すると言ってもよい。

結果としてこんな問題が起こる。この本は「沙悟浄は河童ではない」という言葉から始まる。沙悟浄を河童になぞらえるのは日本独自の習慣だという注意喚起だ。だが、それはどのように始まり、定着していったのか。冒頭の言葉から生じる疑問に、読者はこの本から回答を得ることも、自分で追う道を見つけることも難しい。実は、宇野浩二が春秋社から出した『西遊記物語』では沙悟浄がムジナに描かれるなど、河童になっていく過程にはいろいろなバリエーションがあった。その変遷についてはすでに数多くの研究や紹介があり、それを見ると、児童書を中心に西遊記が日本でどのようにダイジェストされ、キャラクターが変遷してきたかが分かる。この問いかけは重要なのだ。

よくできた本だから、そうしたことがとても気になる。機会があったらブックガイドを付けてくれないかなぁ。
この記事の中でご紹介した本
『西遊記』 妖怪たちのカーニヴァル/慶應義塾大学出版会
『西遊記』 妖怪たちのカーニヴァル
著 者:武田 雅哉
出版社:慶應義塾大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「『西遊記』 妖怪たちのカーニヴァル」出版社のホームページはこちら
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