対談=井上達夫×渡辺靖 リバタリアニズムから時代を考える 『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月10日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

対談=井上達夫×渡辺靖
リバタリアニズムから時代を考える
『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に

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二〇二〇年十一月に予定されているアメリカ合衆国大統領選挙には、既に多くの候補者が立候補を表明しているという。
これまで本紙で、ドナルド・トランプ氏が大統領になる前・後に、対談をお願いした東京大学教授の井上達夫氏と、慶應義塾大学SFC教授の渡辺靖氏に、渡辺氏の著書『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義』(中央公論新社)刊行を機に、三度目の対談をお願いした。
現在のアメリカ社会で看過できない力になっているというリバタリアニズムについて、哲学・思想の側面、また社会的現実として、懇切にお話いただいた。(編集部)
第1回
アメリカのリバタリアニズム

渡辺 靖氏
渡辺 
 私は今回、アメリカを中心にリバタリアンを調査してきましたが、それは、次の時代を考える上で、一つの運動としてのリバタリアニズムを追っておいた方がいいのではないか、と感じたためでした。

アメリカの中でリバタリアン党に属しているのは〇・五%程、政治勢力としては弱小です。ところが二〇一二年のオバマが再選された選挙では、得票率が約一%になり、トランプが勝った二〇一六年の選挙では、約三・三%になりました。これは、激戦州ではキャスティング・ボートを握る可能性のある、政治的にも看過できない数字です。
またそれ以上に重要なのは、リバタリアン党には入らないけれど、考え方としてリバタリアニズムに傾倒する層が、若者を中心に増えていることです。リバタリアン系シンクタンクのケイトー研究所の調査によれば(二〇一七年夏)、潜在的リバタリアンはアメリカの有権者の一〇%から一二%いて、その多くは共和党か民主党に属しながら、内側から党に影響を与えていると。

一口にリバタリアンといっても、実に様々な主義や思想をもっているのですが、大まかにいうと、社会的寛容・自由市場・最小国家を重んじるというところは共通しています。

私にとって興味深かったことは、個人の自由を何より大事にするリバタリアンたちが、共産主義や社会主義に基づくコミュニティが、社会に存在することを否定しない姿勢でした。もちろん、その場合、原則として、入会の自由と共に退会の自由を認めることと、周りのコミュニティの自由を圧迫しないことが大前提になりますが。

それから、市場万能主義と批判されることがありますが、少なくとも私が会ったリバタリアンたちは、現在の資本主義がいいとは考えていませんでした。Appleなどの巨大企業が独占状況を作り、市場が歪められている。既得権益や、政治家との癒着といったネポティズム(縁故主義)がはびこる状況は、本来あるべき理想の市場からは程遠いと。

そして、ナショナリズムもレイシズムも明確に否定しています。逆に、女性の人工妊娠中絶の権利やLGBTQの選択、あるいは成人間の合意があれば、奴隷契約や臓器売買も、個人の判断すべきことだと考えています。

最後に、基本的には上から計画的に社会が作られるよりも、自生的秩序を重んじていること。最近では、UberやAirbnbに象徴されるようなブロックチェーンを使った経済圏が、国家の規制をさほど受けず、実体経済としてインターネット上に生まれています。政府に頼りっぱなしではなく、ユーザー間の評価ネットワークに信頼をおいて、そこに新たな活路を見出していこうとしています。そうした現状は、日本においても比較的若い世代の感覚にフィットするのではないかと感じました。

もちろん哲学・思想の分野では、リバタリアニズムは相当前から議論されています。私はその分野は専門ではないので、井上さんのご著書からも多くを教わってきました。

それから、いわゆる草の根の運動として、リバタリアニズムについて、私が紹介したのはごく一部ですが、どういう感想をお持ちになったか、伺えればと思います。
井上 
 私自身も、これまでリバタリアニズムの哲学的思想に関心がありましたが、本書でアメリカの社会的現実として示していただき、私のリバタリアニズム像も少し変わりましたね。

まず私からは、政治哲学的、法哲学的な観点からリバタリアニズムを時系列で語ろうと思います。ジョン・ロールズの『正義論』(A Theory of Justice)が一九七一年に、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(Anarchy, State, and Utopia)が一九七四年に刊行されています。二人の思想は、共通点と対立点が明確で、共通点は簡単にいえば、社会的保守主義には反対だということです。「国家の任務は個人を有徳な存在に導くことであり、国家は個人生活に道徳主義的関与を行うべきである」という立場を卓越主義といいますが、それはご免蒙ると。この点は、ノージックもロールズも共有しているわけです。

では対立点は何かというと、社会経済的な政策についてです。ノージックは福祉国家を嫌い、ロールズはある程度それを擁護しています。

その後一九八二年に、マイケル・サンデルが『リベラリズムと正義の限界』(Liberalism and the Limits of Justice)で、二人の共通点である社会的保守主義批判、卓越主義批判に反対します。サンデルにとって、ロールズ的な「福祉国家」志向的リベラリズムも、ノージック的な「小さい政府」志向型リバタリアンも、この意味で同じくリベラルなんです。八〇年代以降の、アメリカの政治哲学の議論では、リベラリズムは社会経済的イシューより、道徳主義的な観点から語られることが主流になりました。

私が『共生の作法』や『他者への自由』で書いたのも、リベラルをより広く捉え、社会経済的問題としての、「福祉国家」と「小さい政府」の対立というよりも、もっと基底的なこと。国家の基本的な役割は、特定の善き生の理想を押し付けることではなくて、善き生の理想が異なる人たちが、公正に共存できる枠組みを維持することだという意味でのリベラリズムを論じました。この意味で、ノージックとロールズの間に違いはありません。サンデルはその点で、二者を共に批判しましたが、私はサンデルの批判からリベラリズムを擁護したのです。
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この記事の中でご紹介した本
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 /中央公論新社
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義
著 者:渡辺 靖
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 」出版社のホームページはこちら
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