対談=井上達夫×渡辺靖 リバタリアニズムから時代を考える 『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月10日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

対談=井上達夫×渡辺靖
リバタリアニズムから時代を考える
『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に

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第3回
競争条件の公正化と歴史的不正の問題

井上 
 話が少々複雑になりますが、リバタリアンはさらに、競争条件の公正性をめぐって保守的リバタリアンと左翼リバタリアンに分かれます。
リバタリアンにとって競争の結果に格差があるのはいい。ただ、敗者にそれを公正と受容するよう要求できるためには、競争条件がフェアでなければいけません。では、公正な競争条件とは何か。形式的に競争参入機会が、万人に開かれていればいい、というのが保守的リバタリアンの考え方。それに対して、左翼リバタリアンは、競争の帰趨を左右する初期資源の分配に、圧倒的な格差があるのはフェアではないと。

例えば二〇歳の青年AとBがいて、Aは成功したビジネスマンの子どもで、高い教育を受け、親からもらった資産もある。銀行に投資を願い出ると、丁重に持てなされ、融資を受けることができた。かたやBは日雇い労働者の息子で、中学しか出ていない。卒業後、外食産業で働いて起業のアイデアを思いつく。しかし、学歴もなく、担保になる資産もないBに、銀行はけんもほろろ。これでも、この二人が同じ競争参入機会を得ているといえるのか、という問題です。

また、歴史的不正の問題がある。自己所有権型リバタリアンは、現在の分配状態にいくら格差があっても、そこに至るまでのプロセスが公正であれば、強制的再分配は認めません。プロセスが公正であるためには次の条件が満たされる必要があります。まず、原始所得は無主物への労働の投下による。その後の財の移転は、詐欺や脅迫によらぬ相互の合意に基づいて行われること。もし詐欺や脅迫があった場合には、それが不法行為による損害賠償などで是正されること(匡正的正義)。この三つの条件が満たされた分配であれば、それはいかに格差があろうともフェアであり、強制的再分配は許されない。

しかし、アメリカの建国史を繙けば、それはまさに略奪の歴史です。実はノージックは『アナーキー・国家・ユートピア』で、一ヶ所ごく短く、この点に触れています。彼は歴史的不正を是正する匡正的正義の要請として、福祉国家的再分配が例外的に許されるかもしれないと。
渡辺 
 歴史的不正は重要な問題で、例えばロックフェラーやカーネギーが巨万の富を稼ぎ、財閥となるまでの過程において、低賃金や劣悪環境での労働力搾取があった。そのような場合に、何代先まで遡って責任を負うべきなのか。遡ればどんな人でも、自分の先祖におかしなことをしている人がいるものです。いや、労働者側の先祖にだって問題がある人はいるでしょう。結局、所有権を堂々と求められる人はいなくなる。
井上 
 階級搾取に対しては、ノージックなら、雇用契約に労働者も同意したから不正でない、と主張するでしょう。問題は先住民に対する略奪・殺害や、奴隷制です。この場合に、歴史的不正の是正に対する制約になるのは、善意の第三者保護です。後世の移民には、土地などを、それが略奪されたものか、公正に取得されたものか分からずに、ちゃんと対価を払って取得した人も多くいる。こういう善意の第三者は保護すべきだとする法理はある。しかしこれは善意の第三者から土地を奪って先住民の子孫に返換するような原状回復を否定するだけで、最初の略奪者が許されるわけではないし、その犠牲者と相続人たる子孫には、金銭的賠償など、代替的補償による救済が求められる。ノージックが考えているのは、そういう代替的補償でしょう。
渡辺 
 今回、アメリカでリバタリアンの大きな会合にも幾つか参加してきましたが、何千人もの人が集まり、セッションが何百と行われていました。そこでは、政治問題のみならず、哲学的議論も交わされていて、まさに自己所有権の境界線はどこかという話や、子どもにどこまで自由意思や自己判断を委ねるかという話、煙草を吸う自由と環境を汚すことで他人の自由を侵害しかねない問題をどう意味づけるかという話など、かなり広い範囲で検討されていました。

左派リバタリアニズム、私の本の中では「慈悲深いリバタリアン(Bleeding heart libertarian)」と名乗る一派として紹介しましたが、彼らは、現在の社会状況には所与条件に不公正があり、それを是正しない限り、個人の自由の出発点がそもそも違ってしまうと考え、政府による一定の介入を容認する姿勢です。

一方で、無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)は、完全に政府の介入を否定し、裁判所、警察、軍隊まで全てを民営化しようとする。その方が上手くいくと。しかも、こうした哲学思想上の議論を、本気で実践・実現しようと試みる人たちが少なからずいることにも驚きました。日本では、哲学思想と現実とは、乖離していると思っていたので。
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この記事の中でご紹介した本
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 /中央公論新社
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義
著 者:渡辺 靖
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 」出版社のホームページはこちら
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