対談=井上達夫×渡辺靖 リバタリアニズムから時代を考える 『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月10日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

対談=井上達夫×渡辺靖
リバタリアニズムから時代を考える
『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に

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第5回
市場経済の場での公共的価値の実現性

井上 
 かつて消費者主権という言葉が使われたときには、民主主義は一人一票だけど、マーケットは一ドル一票だと叩かれたわけですが、それも、高度大衆消費社会になると、話が変わってきます。消費者一人一人は、小口の消費しかしないけれど、その累積効果は大きいということです。

僕がハーバード大に行ったのは、渡辺さんより少し前の一九八六年ですが、近くにあったスター・マーケットという大きなマーケットで初めて買い物をしたときのことです。サラダドレッシングを買おうとしたら、種類がありすぎて選べなくてね。色々見てると、ポール・ニューマンの似顔絵のラベルを貼ったものが目に入って、売上の五%はチャリティに回ると書いてあったので、その言葉に惹かれて購入しました。高度大衆消費社会では、商品の機能だけでなく、そこに含意される「意味」を買うのです。一個人の消費規模はささやかでも累積効果として、消費者の「意味」選択は企業に大きな影響力を持つ。

また、供給側からいうと、先ほどのBOPビジネスのように、貧窮途上国民が富裕国のお情けの支援を受けるのではなく、自立的に経済発展していけるような支援を、市場を通じてするということです。バングラデシュのグラミン銀行は貧困層に対し、無担保の少額融資を行う機関で世界的に有名です。

いまでは社会的企業家ともいわれますが、日本にも先駆的事例はある。かつて菅直人の選挙参謀をしていた片岡勝が、市民バンクを立ち上げています。社会性のある起業家に、立ち上げ資金を無担保・低利率で融資する。実績がなくても誰にでも融資する代わりに、事業計画をきっちり作らせ、そのチェックを厳格にやる。うまく行かなければ、事業計画を見直してもらう。

さらには、過疎地の潜在的メリットを生かした地域主体の企業活動で、経済的活性化を図る吉津耕一らの「草の根資本主義」の実践もある。市場が持っている潜在的な力を使い、公共的価値を実現していく。そういう発想は面白いし、好きですね。
渡辺 
 アメリカのリバタリアンたちは、そうした市場の活力を通した自生的秩序を重んじています。その意味では経済保守に近いです。一方、経済的には理解できないでもないけれど、社会的には少数派や弱者に対し不寛容過ぎると保守派に批判的です。要するに、経済保守と社会リベラルの混合型です。いい換えると、保守とリベラルのどちらにも完全には属さない。  そして、自分たちの対極に位置すると彼らが考えているのは、権威主義です。

かたや、日本ではどうかというと、保守は経済的には「小さな政府」を目指す一方で、ナショナリズムに訴え、社会的にもかなり保守的です。いや、そもそも消費税増税や公共事業に積極的な保守もいるようです(笑)。逆に、日本のリベラルはその保守のアンチでしかなく、「自由」という近代民主主義の基本的価値観との向き合い方が見えない。

欧米では、宗教的・政治的な権威主義との闘い、あるいは共産主義との闘いの中で「自由」を獲得・死守していった過去がありますが、日本ではそうした闘争がなかった分、リバタリアン的なベクトルも弱いのでしょうか。
井上 
 市場経済の歪みと、社会的保守主義の問題が影響していると思いますね。

社会的保守主義から話すと、アメリカではキリスト教がベースにあるので、基本的に同性愛がタブーでしたが、いまは同性婚が認められています。一九八六年のバウアーズ対ハードウィック事件では、米国最高裁は、同性愛の性行為を罰する反ソドミー法を合憲としました。当時は全米の約三分の一の州が反ソドミー法を持っていました。わずか三〇年前です。それが二〇〇〇年代初頭にローレンス判決で覆されて、あっという間に、同性婚も認められるに至る。

それに比べて日本では、同性愛者をバカにすることはあっても、刑法で罰することはなかった。日本でも、国家権力が特定の道徳主義的価値を押し付けることは、刑法の猥褻罪や、石原都知事が教員に懲戒圧力をかけて「日の丸・君が代」を強制したというような例がありますが、欧米ほどぎらついてはいない。むしろ、世間のインフォーマルな圧力の方が強いんです。道徳主義的介入が、公権力のあからさまな行使ではなく、インフォーマルになされるものだから、正面切って争いにくいということもあると思います。

市場経済の歪みについていえば、日本には戦後、公正な市場的競争秩序がなかった。開発主義で追いつけ追い越せでやってきて、バブルが崩壊した後、問題はそのまま残っています。

市場経済の制度的インフラとして、契約の自由と所有権については先ほど話しましたが、加えて公正競争の確保が必要です。市場は交換の場であるだけでなく、競争秩序です。独占禁止法は、契約原理なら許されるはずのカルテルなども禁じるわけですから、ある意味では、競争を強制しているわけです。ところが日本の公正取引委員会は、有名無実です。独占禁止法の実施体制が、日本は非常にゆるい。石油業界が典型ですが、寡占企業が闇カルテルで価格操作できる。他方、各業界内の自称弱者の企業も、種々のカルテルで共存共栄を図り、競争力の強い企業を政治力で抑え込もうとする。公正な市場的競争秩序が確立していない。

それから公共事業。日本では、正規の社会保障費が国家予算に占める割合は、レーガン政権時代の米国よりも小さかった。渡辺さんの著書にも書いてあったと思いますが、レーガン政権は、所得税を軽減した反面、社会保障税を加重した政権です。
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この記事の中でご紹介した本
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 /中央公論新社
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義
著 者:渡辺 靖
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 」出版社のホームページはこちら
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