対談=井上達夫×渡辺靖 リバタリアニズムから時代を考える 『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月10日 / 新聞掲載日:2019年5月10日(第3288号)

対談=井上達夫×渡辺靖
リバタリアニズムから時代を考える
『リバタリアニズム』(中央公論新社)刊行を機に

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第7回
公正競争秩序と最低限所得補償

井上 
 拙著『法という企て』の第九章で法哲学的市場論を展開していますが、そこでは、正義概念が含意する反転可能性要請を基礎に据えて、公正競争秩序を論じています。要するに、市場的競争の勝者と敗者の地位の反転可能性を現実的にも保障する条件が、公正競争秩序を構成するという見解です。この観点から二つの条件を論じています。一つは先ほどいった、競争参入前の初期資源分配の格差是正。もう一つは、フェアプレイの倫理です。

後者についてここでは詳述できませんが、たとえば、冒険的起業のリスクを他者に転嫁して利益だけ享受するのは許されない。ベンチャーがうまくいったところで、企業が後から大資本を投下して、最初の開発者を市場から締め出してしまうようなことが起こる。このように皆が柳の下の泥鰌を狙えば、資本主義は死んでいくんです。さらに、一時の勝者がその市場支配力を濫用して、新しい挑戦者を排除してはならない。マイクロソフトを十九歳のビル・ゲイツが作ったときは、革新的企業家だったかもしれないけど、成功後の彼は、恥知らずの独占資本家。市場支配力を持つ自社の基本ソフトと自社の応用ソフトの「抱き合わせ販売」などで、自社製品より競争力のある他社の応用ソフトを排除しようとしました。マイクロソフト全盛期には、反トラスト法違反で頻繁に訴追され、マイクロソフトのライバルは反トラスト法だけともいわれました。それで巨利を得ながら、タックス・ヘイブンを使って法人税を回避していた。

リバタリアンは、既得権を厳しく批判しますが、勝者が市場支配力を濫用して自己の勝者としての地位を永続化させる「勝者の既得権」には、無頓着です。結局、コスト転嫁は一般の大衆が受けることになる。
渡辺 
 マイクロソフトのような巨大企業が市場を歪めているという批判はあります。ベーシックインカムを支持するリバタリアンも少なからずいるのですけど、反発も根強いです。
井上 
 リバタリアンの中では、ミルトン・フリードマンは、最低限所得補償を支持するといっています。これは競争制限をさせない、市場外での再分配です。

例えば日本には借地借家法というものがあります。借家人は貧しいから守る、という発想から始まっていますが、いったん借家にしたら、家主は契約更新拒否権を制約されますから、本来「債権」たる賃借権が所有権と同じく「物権」化するわけです。借家人に出ていってもらおうと思ったら、高額の補償金を払わなければいけないので、ずっと出て行くのを待っている。都市空間に、古い平屋の木賃アパートが残り、既存の借家人が手熱く保護される一方で、借家供給が質量ともに劣化し、大都市で働くために新たに借家を探す人たちにとっては「立地が不便で賃料・敷金・礼金が高い物件」しかないということになり、既存借家人の保護のコストが潜在的借家人階級に転嫁されることになる。つまり、「弱者」とされる借家人の間の不公正な分配が「弱者保護」を名目にした競争制限規制でまかり通っている。

弱者保護は無差別公平に行われるべきであり、競争制限規制・市場取引規制ではなく、市場外の再分配措置(低所得層への家賃補助制度または一般的な最低限所得保証)を考えるべきなのではないか、ということです。それは、自由か福祉かという発想ではなくて、普遍化不可能な差別を排除する正義の要請なんです。

ミルトン・フリードマンのような経済学的リバタリアンは、特定の利益集団の特殊権益保護のための恣意的な政治的介入には反対しますが、市場的競争を歪めない無差別公平な弱者保護には反対ではない。

日本の現在の生活保護は一定以上稼ぐ人はもらえない。ベーシックインカムは、ビル・ゲイツも、就労機会を求めようとしない人でも、誰もが一定額を受け取る仕組みです。ひがな一日サーフィンをしている人がもらうのはおかしいと思う人がいるかもしれないけれど、何が市場で評価される労働かは、偶然が左右するものです。ゴッホには生前に売れた絵は一枚しかない。では、売れない絵をずっと描いていたゴッホは非生産的な怠け者だったのかというと、そうじゃないでしょう。さっきのサーファーも、練習にあけくれるスポーツ選手と同様、尊重に値する生き方です。ベーシックインカムは多様な人生スタイルを人々が追求するのを可能にするという意味で、卓越主義や社会的保守主義に反対しているリバタリアンの考えにも通じるはずです。

さらに、ベーシックインカムは、リバタリアンが支持する「小さい政府」と接合しています。つまり社会保障をベーシックインカムに一元化するわけです。年金や公的保険をなくして、入りたい人は自分で個人保険を買うようにする。障害者についてだけは特別措置を認めますが。
渡辺 
 リバタリアンたちがベーシックインカムを支持する理由の一つは、それをどう使うかは、それぞれの人に任せた方が、上から指図されるよりはるかに良い、との考えがあります。つまり個人の自由裁量が他の福祉政策よりも担保されるからです。個人には様々な事情やこだわりがありますから。
井上 
 でも、ベーシックインカムは、アメリカよりヨーロッパで先行していますよね。
渡辺 
 いまある社会保障を維持したままベーシックインカムを導入すれば、より「大きな政府」になり、社会主義的な傾向を助長することになるからでしょう。かといっていまある社会保障を削ることは政治的に極めて難しい。政治家や業界の既得権益が複雑に絡んでいますし、有権者からの反発もあるでしょうから。
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この記事の中でご紹介した本
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 /中央公論新社
リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義
著 者:渡辺 靖
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 」出版社のホームページはこちら
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